第86話 壁側

(さて、行こうとは言ったものの――屋内プールと屋外プール……どっちから行こう?)


「高嶺さん。高嶺さんは中か外、どっちから行きたいとかある?」


「そうですね。ここからだと、どっちも近いですもんね。でも、まずはゆっくりしたいので中からが良いですかね。思井くんはどうですか?」


「僕は高嶺さんに合わせるから中から行こっか」


「はい」


(高嶺さんが屋内を選んでくれて良かった。さっきのお姉さん達は屋外の方に行ったからばったり遭遇とか嫌だもんね)


「ここの造り、更衣室を出てすぐに廊下が二通りに別れていて、中にも外にも廊下を歩けば行けるというのが素晴らしいですね」


「うん。ちゃんとお客さんのこと考えて作ったんだろうね」


「そうですね。

 キャッ……す、すいません……」


「いえいえ~こちらこそ~」


「だ、大丈夫、高嶺さん」


「はい……余所見してて……あのお母さんに肩をぶつけてしまって……申し訳ないです」


(【いいですか? 氷華を他の狼男からちゃんと守るのですよ!】

 そうだった……水華さんから強く言われているんだった。今は女の人だったけど、もしかしたら高嶺さんの肩にわざと触れようとしてくる男の人もいるかもしれない……)


「高嶺さん。僕がこっちを歩くから高嶺さんは壁側の方を歩いて」


「でも、それだと思井くんが……」


「僕は大丈夫だから。それに――」


(さっきから、すれ違う男の人がチラチラと高嶺さんの水着姿を汚らわしい目で見ていくのがなんかスッゴくムカつくと言うか……イライラすると言うか……嫌なんだよね)


「あんまり高嶺さんの水着姿を他の人に見せたくないから……」


「……っ、そ、そうですか……。じゃ、じゃあ、思井くんの言う通りに私は壁側を歩きますね……」


「うん」


(……なんか、僕、気持ち悪いこと言っちゃったかな……。でも、何だか胸の奥がざわざわするんだよね……。友達なのに、可笑しいよ。高嶺さんもずっと黙ったままだし……やっぱり、図々しかったかな? 気分を悪くさせちゃったかな?)


「あの、高嶺さん。なんか、ゴメンね。プールなんだから見られて当たり前なのに……なんか、僕……束縛してるみたいで重たかったよね……」


(僕は高嶺さんに束縛されても……重たくされても全然嬉しい。けど、僕の嬉しいを高嶺さんにも共用させるのはダメなこと。ちゃんと、理解しないと……!)


「……いえ、私、思井くんからそんな風に言ってもらえると思ってなかったので……その、嬉しいです」


(高嶺さん……笑ってくれてるけど、本当にそう思ってるのかな? 僕に気を使ってくれてるだけなんじゃ……)


「あの、高嶺さん……気持ち悪かったら気持ち悪いって言ってくれて良いんだよ……。『この、気持ち悪いブタ野郎が!』って」


「そ、そんなこと言うはずないじゃないですか。思井くんは私の気持ちを知ってくれていますよね」


「それは……まぁ」


(ありがたいことに、高嶺さんは僕のことを友達だと思ってくれてる。けど、だからって……僕が高嶺さんを独り占めしたいっていうのは……)


「だったら、気にしないで大丈夫です。私は思井くんにそう言ってもらえたことがとても嬉しいんです。だ、だって、私が思井くんにだけ見てほしいと思ってますし……。そ、それに、私だって思井くんには私以外を見てほしくないって……図々しいこと、思っちゃってますから……」


「……っ、た、高嶺さん……」


(熱い……まるで、身体が焼かれてるかのように全身が熱いよ……!

 高嶺さんも真っ赤になってるし……僕も……。きっと、周りからは可笑しいように見られてるよね。でも、高嶺さんにそう言ってもらえて僕は……とても、嬉しい)


「な、なんだか、とても熱いですね……は、早く行って涼みましょう……!」


「う、うん! そうだね!」


(ありがとう、高嶺さん……やっぱり、僕は高嶺さんのことが好きって改めて思ったよ)

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