第1部 14話

「ねぇっ、どう言う事なの、説明……って、早ッ!!」


飛び出して行った二人を追って店を出ると、既にアクシズとウィズの後ろ姿は小さくなっていた。私はウィズの店に掛かっている営業中の札を裏返し、準備中にする。

そしてそのまま私も、ギルドに向かって駆け出した。

ギルドへと向かう途中、大急ぎで走っている冒険者達とすれ違う。

彼らの殆どは、頭にヘルメットを被り、背中に大きなリュックを担いで、手にはツルハシを持っている。


ギルドに向かっていると、私より先に飛び出して行ったアクシズとウィズに出くわした。二人も既に、リュックとツルハシを持っている。

どうやら、このリュックとツルハシはギルドで支給して貰える様だ。


「カズナ!お前の分も借りてきたぞ!既にギルドに居たダクネスとめぐるんの姿は無かったから、きっともう先に行ってる!ほら、俺達も街の外に行くぞ、急げ急げ!」


言いながら、アクシズが私にリュックとツルハシ、ヘルメットを渡してきた。

どうやら街の外に何かがあるらしい。


「ねぇ、どう言う事か説明してよ!宝島って何?名前の感じとあんたらの反応から、随分と割の良いクエストなんだろうけど」


私はアクシズに渡されたリュックとツルハシを受け取ると、アクシズに尋ねながら二人の後を付いて行く。


「宝島は、玄武の俗称です!街の外に、玄武と呼ばれる、巨大なモンスターが現れたのですよ!玄武は、十年に一度甲羅を干す為に地上に出て来ると言われています。

これは、普段は地中で生息している玄武が、甲羅に繁殖したカビやキノコや様々な害虫を日干しにする為だと言われていますが、定かではありません。

言えるのは、玄武は暗くなるまで甲羅を干す事。そして玄武は鉱脈の地下に住み、希少な鉱石類を餌にする為、その甲羅には希少な鉱石が地層の様にくっ付いている事です!」


ウィズが走りながら教えてくれた。なるほど、それで皆がツルハシ持って走ってるのか。

その玄武とやらが甲羅を干している間に背中の希少な鉱石を掘るわけだ。


「でも、その巨大な亀とやらは背中を掘られて攻撃してきたりはしないの?てか、既に凄い人数の冒険者とすれ違ってるよ?私達が付く頃には掘り尽くされてるんじゃないの?」

私の言葉に、アクシズが。

「宝島は温厚で、余程の事をしない限りは攻撃なんてして来ない!そして……、掘り尽くされる心配なんてないぞ?まぁ、何故宝『島』なんて呼ばれているか、見れば分かるさ!……それよりアンデッド!何で人類の敵のお前まで来てんだよ!」

「い、いいじゃないですかリッチーが宝島に登ったって!それに、私も一応元人類なんですから、人類の敵扱いは止めて下さい!今月も赤字で厳しいんですよ、み、店の借金が……ッ!!」


お店の経営上手くいっていないのか。

リッチーが借金返済の為にツルハシ持って肉体労働しに行くとか、この世界は世知辛いなぁ……。





「…………………ありえない」


小山が居た。

うん、これは山でしょ。

街の入り口を出てすぐの所に、小さな山か何かと間違えそうな、巨大な生き物がそこに居た。

その大きさは、私が子供の頃に見た東京ドームと遜色そんしょくない。

近くの地面には、その巨大な亀がそこから出てきたのだろう、巨大な穴がぽっかりと口を開けており、その巨大な亀は大地に悠然とその身を横たえていた。


きっと、こういう存在を神獣とか呼ぶのだろう。宝島は、巨大なヒレを地面に投げ出し、首を地に伸ばして寝そべっている。

既に多くの冒険者達がその背に登り、岩石の塊みたいなその背中にツルハシを打ちつけていた。

背中を掘られているというのに、宝島は怒るでもなく、やけに気持ち良さそうにしている。

巨大な岩山みたいなその背中には、既にあちこちにロープが張られ、ロッククライミングの如く冒険者達が次々によじ登っている。

なるほど、アクシズの言っていた事が理解できた。これを半日で掘り尽くすってのは、まず無理だ。


「行くぞカズナ!タイムリミットは日が沈むまで!リュックがパンパンになるまで掘りまくるんだ!」


アクシズが既に張られているロープを使い、宝島の背によじ登っていく。どれぐらい儲かるのかは知らないが、ここは行っとくべきだろう。


「よし、せっかくだし行くとするか。ダクネスとめぐるんは何処だろ?……あっ、テイラー達がいるじゃん。アイツらも先に来てたんだ」


ロープを使って宝島へとよじ登りながら、私は数少ない見知った顔の存在に安心する。

私達三人は難なく宝島の背によじ登ると、私はヘルメットを被り、手近な所にツルハシを振るい始めた。


アクシズとウィズの二人は髪が崩れるのが嫌なのか、ヘルメットは付けていない。

ツルハシが鉱石の塊を打ち砕き、キラキラと輝く石が散乱する。

この石一つに一体どれほどの価値があるのか。


「……ねぇ、これ一つがどの位の価値があるのか知らないけどさ。こんな簡単に儲かっちゃって良いものなの?ていうか、よく見れば同業者ばかりだね。こんなお祭り騒ぎなら、街の人達も掘りに来れば良いのに」


辺りを見渡しても、ツルハシを振るのは同業者しか居なかった。

鉱石堀りなんて、私がこの世界に来た当初にお世話になった、土木工事の親方達の方が上手そうだと思うんだけど。

そんな疑問にアクシズが答えた。


「そりゃ勿論、危ないからだよ」


…………はい?


誰かの声が轟いた。


「だぁああああーッ!!やっちまった!鉱石モドキを掘り当てちまったッ!!」


突然の悲鳴にそちらを見れば、一人の冒険者がツルハシを手に、タコの様なグニャグニャした生き物と対峙していた。


「うわッ!?な、何あれッ!?ねぇヤバいよ、助けに行かないと!」


そのタコの様な生き物は、身体の表面を周囲の鉱石に溶け込む様に擬態化させている。

なるほど、だから鉱石モドキ。

しかし、一心不乱にツルハシを振るうアクシズとウィズはそちらを見向きもしなかった。


「放っときな!此処に居るのは皆仮にも冒険者!彼らは何時だって死ぬ覚悟は出来ている!そんな彼らを勝手に助けるなんて、彼らの覚悟を踏みにじる行為だ!」

「全くです!たとえ力及ばず果てるとしても、冒険の最中に亡くなるのは冒険者として誉れです!それに…それに借金が……ッ!!」


あ、あんたらそれでいいのか人として……ッ!!いや、そういやコイツらは人じゃなかった!

鉱石モドキとやらに襲われていた男が叫ぶ。


「た、助けてくれえええッ!!」


「……助けてくれって言ってるよ、助けなくていいの自称神様」

「あははははははッ!!高純度のマナタイトだッ!!コッチはフレアタイトッ!!ここの所の失敗なんてこれで全部帳消しだッ!!」


自称なんとか様は、既に聞いちゃいなかった。

だがそのなんとか様に人類の敵呼ばわりされた人間辞めたリッチーは、ここで見捨てる程には人の心を捨ててはいなかったらしい。


「く……ッ!!お店なら、私が一月も食事を我慢すれば今月はまだ何とかなる……ッ!!大丈夫、食べなくても私は死なない、私は死なない…ッ!!」


涙ぐましい事を口走るウィズがツルハシを置いて、男を襲う鉱石モドキに向き直る。


「ちょ、あんたは掘ってて!アイツの所には私が助けに行くからッ!!」


私の呼びかけに、ウィズは儚げに微笑むと、

「大丈夫ですカズナさん。リッチーの爪は魔力の塊。これを冒険者ギルドに持って行けば結構なお金に……」

「や、止めてよ、マジで止めてよ!要はとっとと助けて採掘作業に戻れれば良いんでしょ?ほら、行くよアクシズ!三人で掛かれば速攻で終わるでしょ!」


私の呼びかけに、流石のなんとか様も放ってはおけなくなったらしい。


「くぅっ、この一分一秒を争う時に、仕方ねぇなッ!!鉱石モドキの分際で、俺の邪魔するなんておこがましい!神罰をくれてやる!くそったりゃぁあああッ!!」


そう叫んで、そのまま握っていたツルハシで鉱石モドキに殴りかかるなんとか様。物欲にかられた神が、生物にツルハシで殴りかかる。

どちらかというとコイツの方に神罰が下りそうな絵顔だ。


「良い機会です!この際ですから、ここで私のスキルをカズナさんにお教えします!」


ウィズはそう言うと、魔法を使うのではなく、鉱石モドキの元へと駆けて行く。

鉱石モドキにツルハシで襲い掛かるアクシズの隣で、ウィズが右手を突き出した。

ウィズの手が触れた瞬間、鉱石モドキの身体がビクリと震え、そのまま動かなくなる。

そこにアクシズのツルハシが、鉱石モドキの頭部に振るわれた。


「ふぅ。さぁ、掘るぞー!」


あっさりと鉱石モドキを仕留めたアクシズは、助けた冒険者に何度もお礼を言われながら、良い汗かいたとばかりに鉱石掘りの作業に戻る。

か、神がそんな武器であっさり殺生しちゃっていいのだろうか。

私が悩んでいると、ウィズが私の元へとやって来る。


「えっと……あっさりアクシズ様が仕留めてしまいましたが、分かりました?今、鉱石モドキに状態異常を引き起こしました。

触れた相手に様々な状態異常を付与する、リッチーの固有スキルです。毒、麻痺、昏睡。魔法封じに弱体化。多分、武器を使っても効果はあると思いますよ?」



† † † † † † † † †



「カズナ、アクシズ、此処に居たのか。どうだ、掘れているか?」

「ククク……、マナタイトがこれだけあれば、我が爆裂魔法に更なる磨きがかけられる……。おっと、二人も良い感じにリュックが膨れてますね」


リュックをパンパンに膨らませたダクネスとめぐるんが、街の入り口に居た私達の元へとやって来た。

私とアクシズとウィズのリュックも、これ以上ないぐらいに鉱石が詰められている。


日が暮れてきた夕暮れ時。

宝島の背中は、既に巨大な岩盤の塊ではなく、所々に本来の甲羅が剥き出しになった状態になっていた。

宝島の元来の甲羅は黒く美しい光沢を放ち、ツルハシで叩いてみても傷一つ付く事は無かった。

流石に他の冒険者達も満足行くまで掘ったのだろう。今は甲羅干しをする宝島を、全員で遠まきに見守っていた。


見守られている宝島は、チラリと街の入り口、私達冒険者の方を見る。

まるで、もう満足したのかと言いたげに。


その視線に、私は一つだけ心残りな事があった。宝島の背中には、一際大きな鉱石の塊が未だこびりついている。

アレさえ剥がせれば、きっと宝島の甲羅は実に綺麗に黒く光り輝くだろう。


「……ねぇめぐるん、ちょっと良い?」


私は、掃除を途中で終えてしまった、どうにも中途半端なもどかしい気分が落ち着かず、隣のめぐるんに耳打ちする。


「……ええッ!?ほほほ、本気ですかッ!?そりゃ、今日はまだ爆裂魔法を使ってませんし、一日一爆裂を日課にしている僕としてもこのまま宿に帰れはしませんが……」


な、なんだよ一日一爆裂って……


「良いんですか?宝島は温厚ですが、流石に襲ってくるかもしれませんよ?それに、一応暗黙の了解で宝島への攻撃は止めておこうって事になっているんですが……」


渋るめぐるんに、私は大丈夫だと促した。


「いや、私の勘だけど、多分宝島は怒らないよ。それどころか喜ぶかもしれない。大丈夫だから、めぐるん、お願い」


私に促され、めぐるんは渋々と魔法の準備を始めた。


「知りませんよ、どうなっても。それに爆裂魔法のプロフェッショナルな僕ですが、手元が狂う事だってありますからね?」


冒険者達が、突然の恵みをもたらしてくれた宝島に感謝を込めて、地中に帰るまで見守る中、めぐるんの詠唱が響き渡った。


「え、ちょっと、何してんだッ!?」


アクシズを筆頭に冒険者達がざわつく中、めぐるんの爆裂魔法が完成する。


「参ります!『エクスプロージョン』ッ!!」


エクスプロージョンの大爆発が、宝島の背中に最後まで張り付いていた岩盤を粉砕する。

それ以外にも所々にこびりついていた鉱石類が、衝撃でひび割れたり、砕けて落ちた。

めぐるんの狙いが良かったのか宝島が硬いのか、宝島の甲羅には傷一つ付いていない。

どよめく冒険者達を尻目に、宝島は魔法を放っためぐるんとその隣の私をチラと見た。


「ヒィッ!?」


めぐるんが怯えるが、私は大丈夫だと自分に言い聞かせ、その場で宝島を見守った。


……でも、ちょ、ちょっと怖いです!


今日一日ずっと動かなかった宝島はムクリと立ち上がると、まるで昼寝を終えた後の様に気持ち良さそうに伸びをした。

そしてそのまま、ぽっかりと開いた穴に戻っていく。


宝島は、十年に一度地上に出て甲羅を干す。

きっと、それは間違ってはいないのだろう。

しかし、それなら街の近くに現れなくても良いのではないだろうか。

聞いた話では、宝島は必ず街の近くで甲羅を干す。そう、まるで背中の鉱石類を人間に掘らせる様に。


宝島の最大の目的は、背中にこびり付いた老廃物、あの鉱石類を掃除してもらう事ではないのだろうか。

背中の鉱石類を粗方取り払われた宝島は、まだ日が沈みきっていないにも関わらず、穴の中へと向かっていく。

と、宝島はもう一度私とめぐるんの方をチラッと見て、その巨大な身体をブルリと大きく震わせた。その振動で、まだ僅かに残っていた鉱石類が宙に舞う。

宝島はさっぱりした様に、満足気に再び穴へと潜っていった。


どうやら、この神にも等しい巨大なモンスターは、最後にお土産をくれたらしい。


私とめぐるんは顔を見合わせ、微かに笑い合う。


「お土産だ!俺の日頃の行いに、宝島がお土産くれたぞッ!!」

「借金がッ!!これで借金が綺麗に返せる!」


恐らくこの街で、唯一宝島にも匹敵するであろう二人が、他の冒険者が見守る中、真っ先に駆け出した。


「はぐッ!?」

「あぶッ!?」


降り注いだ鉱石に頭を直撃され、その場に倒れるノーヘルの二人。

倒れ伏す二人のガッカリな存在も、悠然と地中へと帰っていく神獣の美しさを曇らせる事は決して無かった。



To be continued…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る