第1部 10話

「と、言うわけで。お金が欲しい、それも大量に」


ギルドの酒場で、めぐるんとダクネスを待っている間、私は昼間からクリムゾンビアのジョッキを片手に上機嫌なアクシズに、考えていた事を切り出した。

それをアクシズが、今更何言ってんだと言いたげな小バカにした様な表情で。


「ほーん?今更何言ってんの?そんなのカズナだけじゃなく、皆欲しいに決まってんじゃん。俺だって欲しいよ、馬鹿なの?俺より知力のステータス高いとか思ってたけど、所詮ヒッキーはこんなもんなのか?」


昼間から飲んだくれているこの自称元なんたらを殴ってやりたい。

が、今コイツと喧嘩した所で不毛な話だ。

なので、口だけで言い負かしてやる。


「あんたが欲しいのは散財するお金でしょ。私が欲しいのは、安定した生活を手に入れる為の、元手のお金の事を言ってるの。

本来なら私は、あんたからチート能力でも貰ったり強力な装備を貰ったりで、此処での生活にはあまり困らない筈だった訳でしょ?

そりゃあ、私だってロクに何もしてないのに、いきなり都合良く無償で神様から特典を貰える身で、ケチなんてつけたくないよ?

それに、やけになったその場の勢いとはいえ、チート能力よりあんたを希望したのは私なんだし!でも、私はそのチート能力や強力アイテムの代わりにあんたを貰った訳なんだけど、今の所、チート能力や強力な装備並みにあんたは役に立ってくれているのかと問いたい。問い詰めたい。

あんたが泣くまで問い続けたい。どうなの?最初は随分偉そうで自信たっぷりだった割に、あまり役に立たない自称元なんとかさん?」

「うう……も、元じゃなく、その……。い、一応今も神です……」

「神!神ってあれでしょ?勇者を導いてみたり、魔王とかと戦って、勇者が一丁前になるまで魔王を封印とかして時間稼いでみたり!

あんたは昼間からビール飲んでる今の現状で、本当に神を名乗っていいのッ!?この、カエルに食べられるしか脳の無い、宴会芸しか取り柄のない穀潰しがッ!!」

「う、うわぁあああああッ!!」


テーブルに突っ伏してワッと泣き出したアクシズを見ながら、小バカにされた事に対する逆襲が完了した事でちょっと満足する。

だが、アクシズの方はこれで終わらせておく気にはなれなかったらしい。キッと顔を上げ、小賢しくも言い返してきた。


「お、俺だって、回復魔法とか回復魔法とか回復魔法とか、一応役に立ってるさッ!!なにさクソヒッキーッ!!じゃあ、何の為に金が必要なのか言ってみろよッ!!」


涙目で睨みつけてくるアクシズにトドメを刺すことにしてやる。


「今の所、私が日本から来た事を全く活かせてないでしょ。そこで、私達にも簡単に作れそうで此処の世界に無い日本の製品とかを、売りに出してみるってのはどうかなって思ってね。

ほら、私は幸運とやらが高くて、商売人とかでもやったらどうだって受付のお姉さんに言われた事があるでしょ?だから、冒険者稼業だけで食べていく他にも生きていく道はあるかなって思ってさ」


正直、冒険者なんて割りに合わないと思っている。

前回、冬牛夏草相手にあれほどに怖い思いして得た報酬は、殆どがダクネスのフルプレート代に消えてしまった。

なので、私がこの世界でどうやったら一番楽に生計を立てて行けるかを模索中なのだが。


「と、言うわけで。昼間っから酒飲んでる暇があるんならお前も何か考えろ!何か、お手軽に出来て儲かる商売でも考えろ!あと、あんたの最後の取り柄の回復魔法。とっとと私に教えてよ!スキルポイント溜まったら、私も回復魔法の一つぐらい覚えたいの!」

「嫌だぁあッ!!回復魔法だけは嫌!嫌だぁッ!!俺の存在意義を奪わないでくれ!俺がいるんだから覚えなくても良いじゃん!いいじゃんかッ!!嫌!嫌だぁああッ!!」


そう言ってテーブルに突っ伏し、おいおい泣き始めるアクシズ。と、そんな私達に横から聞き慣れた声が掛けられた。


「昼間から一体何をやっているんです?……カズナは女性のわりに結構えげつない口撃力がありますから、遠慮なく本音をぶちまけていると男性でも泣きますよ?」

「……ん、何かストレスでも溜まっているのなら……。アクシズの代わりに私が口撃を受け、そのイライラの捌け口になってあげようか。クルセイダーたるもの、誰かの身代わりになるのは本望だ」


そこにいたのはめぐるんと、おかしな事を口走るダクネス。二人の視線は、テーブルの上で泣き続けるアクシズに注がれている。

皆の注目を集めているのを自覚したのか、泣きながらも、顔を埋めた腕の隙間から時折此方をチラッチラッと伺うのがちょっとイラッとする。


「コイツの事は気にしなくて良いよ。それより、クエスト受けよう。安くて良いから安全なヤツ。まだダクネスの鎧も出来ていない事だしね」


ダクネスの鎧は通常の鎧よりも分厚い特別製らしく、オーダーメイドの為時間が掛かるらしい。今日のダクネスは黒いズボンに黒のタンクトップと皮ブーツ。

そしてその格好で背に大剣を担ぐその姿は、クルセイダーと言うより剣士にしか見えない。

しかし……。


「……ダクネスさん、意外とマッチョなんですね」


私は何故か敬語になってしまっていた。

キュッと引き締まっていて、鍛えぬかれた筋肉質な身体。

端的に言えばエロい身体付きってヤツだ。

イケメンで体格も良いとなると、多少の性格の破綻には目を瞑っても良いかもとすら思えて来て…………。


「……む、今、私の事をエロい身体しやがってこの変態がと言ったか?」

「言ってない」


やっぱり、性格は一番大事だと再認識する。


「クエストを受けるなら……アクシズのレベル上げが出来るクエストにしませんか?」


めぐるんがそんな事を言ってきた。


「どういう事?そんな都合のいいクエストなんてある?」


というかこのチート駄目神の場合、必要なスキルは初期スキルポイントで殆ど習得済みらしいから、あまりレベル上げにこだわる必要は無い気がするが。


「先日クリスさんがパーティの平均レベルがどうこうって言ってましたが、パーティを組む場合、出来るだけレベルが近い人とパーティを組むのが好ましいと言われます。

これはまぁ色々理由があるんですが、アクシズさんの様なプリースト職の人は一般的にレベル上げが難しいのです。攻撃魔法なんてありませんからね、プリーストは。

そこで、プリースト達が好んで狩るのがアンデッド族です。アンデッドは不死という神の理に反したモンスター。彼らには、神の力が全て逆に働きます。回復魔法を受けると身体が崩れるのです」


ああ、なんかそんな話は聞いた事がある。

回復魔法はアンデッドには攻撃魔法代わりになると。

しかしなぁ、この駄目神を鍛えても……。


その時、私は閃いた。


私はレベルが上がった際に色々なステータスが上がっていた。

じゃあ、アクシズは?

この、テーブルの上で泣き真似しながら構って欲しそうにチラチラこっち見ている馬鹿が、レベルが上がり知力が上がってくれれば何よりの戦力アップだ。


「……うん、悪くないね。問題はダクネスの装備がまだ出来ていないってのが心配なんだけど……」


すると、ダクネスは腕を組み、堂々と言ってのける。


「……ん、私なら問題ない。伊達に防御スキルに特化している訳じゃない。鎧無しでもアダマンマイマイより硬い自信がある。それに、鎧無しの方が殴られた時気持ち良いじゃないか」

「あんた今殴られて気持ち良いって言った?」

「言ってない」

「言ったでしょ」

「言ってない。……後は、アクシズにその気があるかだが……」


ダクネスが視線をテーブルに伏せているアクシズに向ける。


「……ちょっと、いつまでもメソメソしてないで会話に参加してよ、あんたのレベルの事……」


私はアクシズに手を伸ばし、肩を叩こうと…………して、気がついた。


「……すかー…………」


アクシズは泣き疲れて眠っていた。

子供かこの神は。



† † † † † † † † †



街から外れた丘の上。

そこには、お金の無い人や身寄りの無い人が纏めて埋葬される共同墓地がある。

この世界の埋葬方法は土葬。

そのまんま土に埋めるだけだ。

そう、今回受けたクエストは、墓場に湧くアンデッドモンスター退治。


今の時刻は夕方に差し掛かろうとしている。

私達は、墓場の近くで夜を待つべくキャンプをしていた。


「おいカズナ、その肉は俺が目を付けてたヤツだぞ!ほら、コッチの野菜が焼けてんだからコッチ食べろよコッチ!」

「私、野菜苦手なんだよ。焼いてる最中に飛んだり跳ねたりしないか心配になるから」


墓場からちょっと離れた所で、鉄板を敷いて焼肉しながら夜を待つ。

モンスター討伐のクエストなのに随分とのんびりした話だが、今回引き受けたのはゾンビメーカーと呼ばれる弱めのモンスターの討伐らしい。

ゾンビを操る悪霊の一種で、自らは質のいい死体に乗り移り、手下代わりに数体のゾンビを操るらしい。

駆け出しの冒険者パーティでも倒せるモンスターだと言うので引き受けた訳だ。

これなら鎧の無いダクネスでもあまり危険はないだろう。


お腹一杯になった私は、マグカップにコーヒーの粉を入れ、クリエイトウォーターで水を注ぎ、マグカップの下を『ティンダー』という火の魔法で炙る。

これはそのまま、着火に使う魔法で、殺傷能力はハッキリ言ってない。

でもライター代わりに重宝している。

そんな私を見て、めぐるんが複雑そうな表情で自分のコップを差し出した。


「すいません、僕にもお水下さい。って言うかカズナ、何気に僕より魔法使いこなしていますね。初級属性魔法なんて殆ど誰も使わないものなんですが、カズナを見てるとなんか便利そうです」


私はめぐるんのコップにクリエイトウォーターを唱えてやる。


「いや、元々そういった使い方するもんじゃないの初級魔法って。あ、そうそう。『クリエイト・アース』!……ねぇ、これって何に使う魔法なの?」


私は手の平に出した粉状のサラサラした土をめぐるんに見せた。

初級属性魔法の内、この土属性の魔法だけが使い道が分からない。


「……えっと、その魔法で出来た土は、畑などに使用すると良い作物が取れるそうです。……それだけです」


その説明を聞き、隣でアクシズが吹き出した。


「何々、カズナさん畑作るんスか!農家に転職ッスか!土も作れるしクリエイトウォーターで水も撒ける!ちょっと、クラス農家って天職じゃないスか、転職だけに!やだー!プークスクス!」


私は右手の手の平に乗る土をアクシズに向け、その土に向かって左手を添えた。


「『ウインドブレスト』!」

「ぐぁあああッ!!ぎゃぁああッ!!目っ目がぁああああッ!!」


突風で吹き飛ばされた土がアクシズの顔面を直撃し、目に砂埃が入ったアクシズが地面を転がり回っている。


「……なるほど、こうやって使う魔法か」

「違います!違いますよ、普通はそんな使い方しませんよ!ってか、なんで初級魔法を魔法使い以上に器用に使いこなしてるんですかッ!!」



† † † † † † †



「……冷えてきたな。なぁカズナ、受けたクエストってゾンビメーカー討伐だよな?俺、何か、そんな小物じゃなくて大物のアンデッドが出そうな予感がするんだけど」


月が昇り、時刻は深夜を回った頃。

アクシズがそんな事をポツリと言った。


「……ちょっと、そういう事言わないでよ、それがフラグになったらどうすんの。今日はゾンビメーカーを一体討伐。そして取り巻きのゾンビもちゃんと土に還してあげる。

そして美味しいご飯食べて馬小屋で寝る。その計画以外のイレギュラーな事が起こったら即刻帰る。いいね?」


私の言葉にパーティメンバーがこくりと頷く。

頃合だった。

敵感知を持つ私を先頭に、私達は墓場へと歩いていく。

アクシズが言った一言が気になるが、普段からこの神はロクでも無い事ばかり口走っているし、あまり気に掛ける事もないだろう。

……無いはずだ。

……………ん?


「敵感知に引っかかったね。居るよ、一匹、二匹……三匹……四匹……」


……あれ、多い?

ゾンビメーカーって取り巻きは二、三匹って聞いてたんだけど。

この程度ならまぁ、誤差の範囲……。


そんな事を考えていると、墓場の中央で青白い光が走った。

何だ?

それは、妖しくも幻想的な青い光。遠めに見えるその青い光は、大きな丸い魔法陣。

その魔法陣の隣には、黒いローブの人影が居た。


「あれ、ゾンビメーカー……じゃない気がするんですが……」


めぐるんが自信無さ気に呟いた。

その黒いローブの周りには、ユラユラと蠢く人影が数体見える。


「突っ込むか?ゾンビメーカーじゃなかったとしても、こんな時間に墓場に居る以上、アンデッドには違いないだろう。なら、アクシズがいれば問題無い」


ダクネスが大剣を胸に抱えたままソワソワしている。あんたは落ち着け。

その時、アクシズがとんでもない行動に出た。


「あああああああああッ!!」


突如叫んだアクシズは、何を思ったのか立ち上がり、そのままローブの人影に向かって走り出す。


「えッ!?ちょっと待ってッ!!」


私の制止も聞かずに飛び出していったアクシズは、ローブの人影に駆け寄ると、ビシッと人影を指差した。


「リッチーがノコノコこんな所に現れるとは不届きなッ!!この俺が成敗してやるッ!!」



To be continued…

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