第43話 源太さんが不機嫌な理由

 私と瑠衣はトキさんの申し出をありがたく受けることにした。

「良いんですか? 私たちで」

「千代子と私の二人でホントに良いんですか? トキさん」

「チョコちゃんと瑠衣ちゃんが良いんですよ。二人なら安心して任せられますもの。ねぇ、あなた」

「あぁ、もちろん」

 トキさんが源太さんに同意を求めると、源太さんは大きく頷いた。

「放蕩息子も帰って来たし、源太さんはお店を開けたくてウズウズしてるんですよ。でも私の足はまだ治らないから、二人に来てもらえたら願ったり叶ったりなの」

「トキさん」

「トキさぁん」


 私と瑠衣は嬉しくて涙がこみ上げて、感極まってしまった。

『チョコちゃんと瑠衣ちゃんが良いんですよ』と、この言葉が胸にぐっときていた。

 こんな私でも良いって言ってもらえた。必要としてもらえてる。


 仕事とか恋愛とか上手くいってない私にはすごく嬉しくて、縮こまってる心が救われる思いすらする。



 ✱✱✱



 熊五郎さんが、紫陽花の形の上生菓子とミルクレープをちゃぶ台に並べ、丸いコロンとしたグラスに冷えた緑茶を淹れて私たちの前に置いた。


「僕の作った菓子です。どうぞ召し上がれ」

「チョコちゃん、瑠衣ちゃん、ワシの作ったどら焼きも、さあ食べて」


 熊五郎さんに負けじと、源太さんがどら焼きを出してくれた。


「「いただきます」」


 私はどら焼きから、瑠衣は紫陽花の上生菓子から食べ始める。


「んーっ。美味しい。上品な甘さですね。あんこに檸檬かな? 柑橘の香りがします」

「さすが! チョコちゃんは分かっとる。国産檸檬の果汁を少し入れ、皮も細かくして餡に混ぜ込んだ。もうすぐ暑い夏だからな。もったりとした甘さより、爽やかさを出したんじゃ」


 源太さんは満足そうに目を細めて笑った。私は源太さんのさっきまでの不機嫌な理由がなんとなく、ピーンと分かってしまった。


「千代子ー、こっちの和菓子も美味しいよ」

「どれどれー」


 私は熊五郎さんの出した紫陽花の和菓子を、一口、竹楊枝で切り分け口に運んだ。

 ふわっと青梅の果肉を感じた。上生菓子の中に梅のゼリーが仕込んであった。

「美味しーい。酸味と甘さが絶妙な気がします」


 熊五郎さんが大きな声で自慢げに笑った。その横でカンナちゃんがミルクレープを一枚ずつフォークではがしながら食べている。


 源太さんの不機嫌な理由はこれだった。熊五郎さんに対抗心を燃やしているのだ。

 喧嘩をしたまま、海外にお菓子作りの修行に行ってしまっていた熊五郎さんが帰って来た。そのことは嬉しいのに、源太さんは素直になれない。


 トキさんにこっそり教えて貰ったんだけど、熊五郎さんは結婚も事後報告で、カンナちゃんが産まれても帰国しなかったそう。

 源太さんが熊五郎さんを気に食わない理由はまだあって、トキさんによると、お菓子作りの腕が格段に上がっていたことも、嬉しくも悔しいようで。


『あの人は意地っ張りなんですよ』

 トキさんはヒソヒソと私と瑠衣に耳打ちして、悪戯っぽくおかしそうにふふっと笑っていた。





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