第19話 東雲夫妻に付き添うチョコちゃん

 病院の窓の外は、陽が落ち始めてだんだんと暗くなって来ていた。夕焼けのオレンジと桃色の光がガラス越しに通り抜け届き、廊下に差し込んでいた。

 待合室のある廊下はシンと冷えて肌寒い。ひんやりとした風がどこからか入って来る。


 まだ私たちにトキさんと旦那さんの病状の説明はなくて。時々、お医者さんや看護師さんが硬い表情で、トキさんたちが運び込まれた処置室に出たり入ったりしていく。


「チョコちゃん、大丈夫なの? 大変だったら俺が付き添うから、家に帰っても良いんだよ」

「大丈夫です。明日の仕事は派遣先が急にキャンセルして来たんで休みになったんです」


 貴教さんの少し長めのフワッとした前髪が揺れた。

 貴教さんが私の顔を覗き込む。

 

 ――ドキッ。

 

 少なからず、こうして男の人との至近距離が近い事が、私のなかで緊張感を呼び起こす。

 それに加えて貴教さんも克己さんも女子の憧れ、見惚れてしまうほどのイケメンだ。

 不謹慎ながらも変に反応してしまい、心臓が大きく鼓動した。


「東雲さんはね、近くに身寄りがいないんだよ。一人息子がいるんだけどね。旦那さんと息子さんは喧嘩して仲違なかたがいしちゃったんだ。あれから息子さんは何年も帰って来てない。さっき俺から電話してみたんだけど……。息子さんは電話に出なかった」


 そうか。

 トキさんとトキさんの旦那さんが、こんなに大変なことになっているのに。早く息子さんには駆けつけて欲しい。


 私たちはトキさんと親しいとはいえ、他人だ。もしこれから手術とかになったら、どうしたら良いんだろう?


「すいません。東雲さんのお知り合いの方々ですよね? 医師が簡単に病状を説明しますのでこちらでお待ち下さい」

 私と貴教さんがそのまま待合室で座っていると、50代ぐらいのベテランっぽい先生がやって来て説明をしてくれた。


「旦那様の方は過労ですね。幸い脳などの精密検査の結果はお二人とも何も異常は見つかりませんでした。当院としても熟慮させて頂いた結果、お近くにご親戚などがいらっしゃらないためにお二人に説明させて頂きました。本当は稀なことです。それからですね、東雲トキさんの方は足首に捻挫とヒビがある箇所が見受けられます。階段から落下した際に傷つけたと見られる軽度の打撲と深い擦り傷もあるので、数日は入院が必要でしょう」

「そうですか。ありがとうございました」

「はぁぁっ、良かった、良かった」

 ああ、ホッとした。

「貴教さんっ、良かったね」

「チョコちゃん。あぁ、良かったね。俺、ホッとしたよ」

 命に別状はないって、トキさんたちの病状も怪我も命に関わらないんだって。

 貴教さんも私も安堵して、はあーっとため息が出た。


「お二人に会えますか?」

「ケガの処置がありますから、もう少しお待ち下さい」


 私たちに、お医者さんと看護師さんは説明が終えるとキビキビと廊下を去って行った。


「良かったね! 貴教さん」

「ああ、良かったね。なあチョコちゃん、ここ、病院内にカフェが入ってるんだ。お茶しようか?」

「うん、そうだね」


 私は一気に気が抜けていた。

 東雲夫妻に大事がなくて本当に良かった。

 私はトキさんたちが死んじゃったらどうしようと縁起でもない言葉がよぎって悲しかった。

 私は亡くなったお父さんお母さんを思い出していたから。何でもない普通の日常が突然奪われてしまうことがあるのを、私は身を持って知っているの。

 普段は気にかけない当たり前に生きて当たり前に生活して、平穏に暮らしていること。何も起きず無事に生きているだけで幸せなんだって思う。

 二人が助かって無事で、心のそこから良かったなあと思っていた。


 私と貴教さんがお喋りしながらゆっくりと歩いて向かう

 辿り着いた病院内のカフェ、そこは有名なチェーン店の病院に似つかわしくないぐらいにお洒落な外観があった。






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