不死身同士の勝負

@i4niku

不死身同士の勝負


 突きである。



 突進の勢いを乗せた刺突は、眉間を貫くべく放たれた。



 男はこれを屈んで回避。そのまま女の懐に潜り込み、立ち上がりながら勢い掌底を顎に当てた。続いて手の甲で顔を打ち、喉を殴り、前蹴りを腹に食らわす。



 女が吹っ飛ぶ。地面に身体を打ち付けながら転がり、五メートルほど先で止まった。袖から伸びる素肌に擦過傷が浮かぶ。それがまばたきの間に消えたのは、不死身ゆえの超再生である。――女は呻きながら立ち上がり太刀を構えた。半開きの口から血が垂れる。舌で舐めとると、味蕾に鉄の味がはしった。



 男が駆ける。陽光を受けて、右手のナイフが煌めいた。――間合いに足を踏み入れて、男の右腕が霞んだ。きんっ、という金属音が響いて火花が散る。男は疾走の惰性で数メートル進んでから、



「……っぅ」



 と喉の奥で呻いた。。手首の断面から鮮血がほとばしった。



 先程の間合いで、女は二度の斬撃を放っていた。一太刀目で頸動脈へ迫るナイフを弾き、眼にもとまらぬ二太刀目で右手首を断った。女の足元にはナイフを握った右手があり、チロチロと流血している。



 男が懐からナイフを投げ、女が一振りに弾いた。



 男の出血が止まった。右手首の断面から骨が伸び、それを追いかけるように肉がせり上がっていく。治った。あっと云う間の再生であった。右手の感覚を確かめるようにグーとパーを繰り返す。



 女が駆けた。男が素手で構える。



 距離を詰めた女が上段から太刀を振り下ろし、男が数歩後じさって躱す。切っ先は額の数ミリ手前で空を切った。その風圧で前髪がわずかに揺れる。――女は手首を返しながら一歩踏み込んで斬り上げた。燕返しである。先程と同じように男が躱す。



 虚空に風切音を響かせて太刀が中天をつく。――女は再び手首を返し、踏み込み、断ち切る気合で振り下ろした。



 男が積極的に動いた。彼はしっかりと地面を踏みしめ、やや上体を反らし、迫り来る刀身を両手で――まるで柏手をうつようにして――受け止めた。



 白刃取りである。



 女の頬を一筋の汗が駆け抜けた。とっさに柄を引くが男の手の平に挟まれた刀身はビクともしない。逆に男がグイッと腕を引くと、引っ張られた太刀に釣られて女は足取りを乱した。



 男が蹴り上げを放つ。女は太刀を手放して飛びのいた。爪先が顎を掠ったが、皮がめくれて血が滲む程度である。太刀は男の手中だ。



 間髪を容れず男が疾駆する。一瞬で間合いを詰め、水平に剣戟を振るう。頸動脈へ迫る凶刃が陽光を反射して煌めいた。



 女は回転しつつ身を屈め、刃を躱しながら、足払いを放った。横殴りに放たれたかかとは、なんと男の右足首を破砕した。鮮血と肉片と骨の破片が散る。



「おおっ」



 男が体勢を乱した。右足首の先が無い状態で立つのは存外難しい。肉と骨が剥き出しの右足に合わせて左足を動かさなければならない。右足が地面に着くたびに、丸い足跡が鮮血と共に残る。



 女は両手の五指をピンと伸ばして連続突きを放つ。まるでボクサーのワンツーのようによどみなく、それのそれより数倍速く。――男は後ずさりながら回避する。身体の軸を保つのに精いっぱいで、太刀を使う余裕はない。



 男の右足は徐々に再生を始めているが、全快までは十秒は掛かる。



 女の突きが男の左肩にヒットした。それはまるで槍の穂先めいて貫き、男の肩甲骨から指先が抜け出た。女が左手を引き抜くと、血糊が糸を引くように絡み付く。苦悶の表情で尻餅をついた男の顔面にミドルキックがぶち込まれた。



 鼻血を撒き散らしながら後頭部を地面に打ち付けた男へ、女が馬乗りになる。



 男が右手で太刀を振るう。女は冷静に左手で、迫る男の右手首を掴んで、



「……っぁあっ」



 と、喉の奥で悲鳴を上げた。男の左手が女の腹を貫いていた。鮮血が滲み出る。男は皮膚の中で内臓を握り潰した。気の狂うような激痛の中、しかし女は己を強いて、男から太刀を奪い取った。



 女が太刀を振りかぶったとき、男は左手を突き上げて女の心臓を握り潰そうとした。けれども指先が内臓を掻き分け肺に触れたとき――



 女が男の首を刎ねた。鮮血を撒き散らして、生首が地面を転がっていく。勝負あった。



 振り抜いた太刀から鮮血が飛んで、陽光を受けて瞬いた。女は腹から男の左手を引き抜いた。勢い腸が零れるが、それはまるで逆再生めいて体内に戻っていく。見る見る傷口が塞がって、十数秒で完全に塞がった。内臓の方はもうしばらく掛かる。



 荒野に漂う血臭は風に流されて、やがて消える。



 首なしの胴体の上で女は荒い息遣いを響かせている。







 再生は生首の方から始まる。



 地面に転がる生首の断面から骨が伸び肉が追う。一分ほどで身体の輪郭が出来上がる。血が巡っていないので、ゾンビめいた肌の色だ。続いて内臓の再生が始まり、凹んだ腹が膨らんでいく。まるで風船のように。心臓から送られる血液が肌を肌色に変えていく。



 男が眼を開けた。立ち上がり、くちびるをへの字に曲げ、



「俺の負けか」



 と肩をすくめた。



 女はいまだ首なしの胴体の上にまたがっていて、勝利の余韻に浸り、上気した表情でまどろんでいる。いい笑顔だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不死身同士の勝負 @i4niku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ