カクヨム寄席「御題拝借」

大地 鷲

同題異話SR 篇

同題異話SR -April-

桜花一片に願いを

 四月でございます。新しい年度の始まりでございます。

 四月と云いますと、新入生に新入社員、ピカピカのフレッシャーズが此処かしこに生まれる時節にございます。……え、なに? 今時「フレッシャーズ」なんて云わない? ですと、「新人」? だぁぁ、細けーこたぁ、いーんだよ! 五月蠅うるさい客だねぇ。まだ四月なんだから、出てくるにゃぁちょいとばっか、早いんじゃござんせんか?

 ……おっと、失礼をば致しました。

 さて、四月と云えば先に申しましたフレッシャーズを彩る桜。桜の木の下で撮ります記念写真ってぇのもよくある話ですが、やっぱりお花見ですよね、お花見。

 お花見のメッカ上野公園の染井吉野ソメイヨシノも見事に花盛りと相成っておりまして、何処の桜の木の下も花見客が陣取り、酒盛りに興じております。

 やれ、呑めや唄えやの大騒ぎの横をすいっと歩く男が二人。横町のご隠居と与太郎であります。

「見事に満開じゃないか。いいねェ、風流だ。こちらのみなさんは酒ばかり浴びてるが、花はちゃんと見てるのかねぇ……」

 などと、いらん心配をするあたりは、ご隠居の面目躍如といったところであります。さて、随伴してる与太郎はと言えば、あっちを見たりこっちを見たり。てんでキョロキョロしてしてたんですが、視線がぴたりと止まって顎を撫でた。

「いやぁ、これは凄い。見事なもんだ。凄いと思いませんか? ご隠居」

「与太郎、お前は何を見て感心してるんだい。桜見るなら、もっと目線は上だ。……まったくはなの下で、鼻の下伸ばしてンじゃないよ!」

「誰が上手いこと言えと云ったんでさぁ、ご隠居。桜も女も観時みどきってぇのがあるってもんでしょうよ」

 鼻の下伸びっ放しの与太郎に、いつもの自分の台詞を取られたもんで、ご隠居の表情かおも苦り切っております。

 そんなことは露も知らず、与太郎はあっちの女の尻を眺め、こっちの女の胸を観ておりましたが、遊歩道脇にある街頭時計に目をやると、隠しの中をまさぐり始めた。

 鼻の下がとんでもなく伸びていた与太郎の顔が、いきなり生真面目になってがさごそやり始めたもんだから、ご隠居も面喰らっちまいます。

「どうしたってんだい、与太郎」

「いやいや、これですよ、ご隠居、コレ!」

 与太郎が手にしていたのは携帯型テレビと小さな紙切れでありました。

「なんだい、そいつぁ」

「今日の桜花賞の馬券ですよ、ば・け・ん」

「まったく、お前という奴は。桜の木の下で桜花賞を観ようって寸法かい」

「風流でしょ? ご隠居」

「仕様がないねぇ、お前さんは。で、与太郎の予想はどうなんだい?」

 結局、何だかんだ言っても、ご隠居も桜花賞には興味のあるご様子で。

「錦糸町のWINSで前日前売りを買ってきたんでさぁ。今回の一番人気『オウカヒトヒラ』の単勝一点買いですぜ!」

 勝ったも同然、と鼻息の荒い与太郎に、呆れ顔のご隠居が諫めます。

「何云ってるんだい。勝負は水物。下駄履くまで判らないもんだよ。……まぁ、名前だけならタイトル獲ってもおかしかないかもしれないねぇ」

「でしょう? ……おっと、そろそろ出走だ。ご隠居、そこの桜の下で観戦といこうじゃありありませんか」

 端っこの桜の下に腰を下ろしたご隠居と与太郎。小さな画面を凝視し始めました。

「こりゃ、スゲぇや。阪神競馬場も桜満開じゃないですか」

「ん、こいつぁ風流だ。満開の桜の下で走る十八頭の乙女たち——か」

 ガシャッ——

 さぁ、ゲートが開いて、十八頭が飛び出した!

 先頭はチューリップ賞二着のトリプレットターボだ。

「こいつぁ、逃げ馬でしてね、先を行くのは判ってるんでさぁ」

 などと、与太郎の解説も交えながら、進む進む、レースは進む。


 スタートから第3コーナーを回って、一番人気のオウカヒトヒラは中段から構え、虎視眈々と上位を狙っております。しかし、逃げ馬トリプレットターボの行き足が止まらない。5馬身、6馬身と後続をじわじわと引き離しにかかります。続いて、先頭集団アサカラバーボン、キラメキ、クロノクロス、エンカイマンカイ、ショーアップウィンが一団となって追い掛けます。

 第4コーナーを回って最後の直線に入りました。オウカヒトヒラが大外から回りこみます。さぁ、ここから末脚が炸裂するのか!

 弓削の鞭が一つ、二つ、連続で入ります!

 速い、速い、オウカヒトヒラ速い!

 キラメキ、クロノクロスを抜き去り、後残すはトリプレットターボだ。

 しかし、トリプレットターボが二の脚を使ったぁ! 迫るオウカヒトヒラ、残り百メートル、ゴール板を先に通過するのはどっちだぁ!


「うん、こりゃトリプレットターボだな」

 ご隠居が冷静に言う。

「あっちゃー! 複勝にしときゃよかったぁ……」

 頭を抱えた与太郎でしたが、何とも納得の顔をしております。

「ほう、案外と落ち込んでないじゃないか」

「いいレースを魅せてもらいましたからねぇ。……それに実はですね」

 与太郎が隠しから出したのはもう一枚の馬券。そこには「トリプレットターボ」の名があったのであります。

「抜け目ないねぇ、お前さんは」

 呆れるご隠居に得意顔の与太郎でありますが、携帯テレビの画面を見てこういった。

「見て下さいよ、ご隠居。競馬場内に見事な桜吹雪が舞ってますよ。……こいつぁ、トリプレットターボのお祝いってとこですかね」

 ご隠居が鼻で笑った。

「やっぱり、お前はバカだ。よく見なさい、こいつぁ、外れ馬券の紙吹雪だ」


 ——お後が宜しいようで。

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