第18話 独白

私は、自分がどれだけ醜いのか知っている。

だからといって、何か得したのかと言うと、そうでも無い。

ただ余計に自分のことが嫌いになっただけだった。

どこか悲劇のヒロインを演じる自分に酔っているその感覚で嘔吐してしまう程。

自分が聡いことを密かに誇りに思っていたけれど、何時しか自身が聡いことを呪っていた。

愚かで無知だったのなら、無知の知すらなかったのなら気づかなかっただろうに。

それを発現させたのは小学生の頃だっただろうか。

自分の醜さに気が付いて嫌いになったのは、そのもっと後だったけれど。

同じクラスに自分にとって、理想王子様がいた。

物語の中ではなくて現実に。

妄想とか誇張でもなく、実際に。

しかも、物語から出てきたかのような理想が受肉したかのような出で立ちで。

白馬に乗ったそれは素敵な王子様だった。

本当に王子様はいた。

彼に小学校の入試で声を掛けて貰った時。

大丈夫?と顔を覗きこまれたその時に、キューピットは私の胸に矢を穿ったのだ。

そのあとの、「一緒に頑張って合格しような!」と言うセリフに刺さった矢を奥深くまで捩じ込まれた。

それからというもの、私には依存していると言えるほど、毎日その人の事しか考えられなかった。

私の世界の全ては、その王子との恋に落ちていた。

でも素敵なものには、人は自然と集まるもので。

私も、あの子も、誰も彼も。

夢みる乙女は彼に想いを寄せていた。

誰もが、恋に落ちる音を聞いた。

誰にでも物腰が柔らかく、秀才で、驕らず、朗らかで、男女問わずに人気者。

モテていても、男子からは「まぁあいつだからなぁ」と納得されるほどの。

嫉妬は多分に受けていたが、それは彼の価値の裏返しでもある。

それに彼の周りには彼のアンチ的な存在は居なかったように思う。

少なくとも軽口以外で嫌悪を口にするものはいなかった。

彼のアンチは遠く離れたところでほぞを噛むことしか出来ない。

下手な嫌がらせは彼の評価の向上と自身への多大なバッシングしか運んでこない。

誰にでも自慢出来るアクセサリーとしても、王子様は満点。

身につけるだけで周りに自分はこんなに価値があるものを手に入れたのよと自慢ができる。

王子だから、結ばれれば自然と自分の地位も約束される。

だから、シンデレラが残していったガラスの靴なんて端から無いのに女の子は彼の前でそれぞれ着飾って、あなたが見惚れたのは私ですよとアピールする。

私はそんな恋する娘達を

そんな縛り付けるようなやり方で、男が逃げないわけが無い。

彼はあなたたちの都合のいい王子でも、所有物アクセサリーでもない。

恋に恋していては元も子もないし、あなたたちが言うその恋心というものは自分が優れているという自負の裏返しだろうと。

嘲った。

貶した。

貶めた。

罵った。

嗤った。

心底馬鹿にした。

そうしてそんな人達よりも私こそ、その人に相応しいと。

私こそ、シンデレラだと。

その人のことに一番恋焦がれているのは自分だと。

そう態度で示した。

わかりやすく、いっそ挑発的に。

今にして思えば、五十歩百歩であることは理解できるのに。

当時の私は盲目で、知る由もない。

教えてくれる人もまた、居なかった。

聡明な人はそのレースを利用して自分の価値をあげるだけ。

シンデレラに味方するよりも、王子に恋するよりも、自分の価値をあげる。

勿論、私の元にもガラスの靴なんてなかった。

けれども遠慮もなく、小馬鹿にしたような態度を全面に出していたものだから私は恋する女子たちの中では忽ち孤立した。

彼女たちは多分、互いに争う傍らというものの枠組みを維持していたのだ。

一人一人、機会を均等に掴み取れるように。

あとは自分のアピール次第とでも言うように。

しかし、私は舞踏会にすら参加していないのに、横からかっ攫おうとしていたのだ。

それは彼女達の反感を買うに決まっている。

元々、自由奔放さで右に出るものは居ないと言われてきたのに、恋に盲目になってからは一切の歯止めが効かなくなった。

自制心すらも、頭の中で恋に潰されて行った。

自由に、しがらみに縛られずに彼にアピールをし続けた。

それと同時にライバルを蹴落として行った。けれども、私は数には勝てなかった。

軈て自由奔放な私に構う人は居なくなり、私は魔女か王子様を灰と共に待つようになった。


『王子様ならこの状況をどうにかしてくれる』


しかし、王子は他の人にかかりきりだ。


『王子様なら私を選んでくれる』


しかし、舞踏会への招待状も、ガラスの靴をもって王子が尋ねてくることもなかった。


『だって私は、こんなにも彼のことを想っているのだから』


魔女もかぼちゃの馬車もそこには存在しない。

私の前には現れない。


『でも、なぜ自分の両親は彼に見合うような家柄では無いのか』


ついには、上手くいかない現実の言い訳作りに心の中で関係の無い両親にまで当たり散らすようになった。

自分に振り向いて欲しい、自分のこの状況を早く打破して欲しい一方、彼に対する理想は現状と比例するように酷く歪んで。

高すぎる理想と、現実に挟まれながら、現状を打破しようと東奔西走。

いつしか彼のためなら、何をしてもいい、誰に迷惑をかけてもいい、そう思うようになった。

自分の良心の呵責は怪物に踏み潰された。

だって、みんなも自分に迷惑を掛けてくるのだから。

邪魔をして来るのだから。

わざと水を零してそれを拭いて点数を稼いだ。

いい人だと思われるために、彼に押し付けられる仕事を半分くらい受け持った。

そうでなくとも、雑用も何もかも、私が被った。

彼の目に届く仕事は私が片付けて。

それ以外は物好きな友達に手伝って貰った。

彼は、それを私が虐められているが故に押し付けられていることだと思っていたようで気遣ってくれた。

それが堪らなく嬉しくて、彼と触れ合う時間が愛おしくて、誰にも渡したくなくて。

酷い独占欲に塗れた両手でこっそり、色々なことをした。

多分、私の認知していないところで迷惑をかけていたから、罪悪感どころか迷惑をかけていた自覚すらもその当時はなかった。

元樹君や遊君にはバレていたようだけれど。

当時の私はバレようがバレまいがどうでもよかったのかもしれない。

彼しか、私の世界にはいなかった。

その当時の私からして、路傍の石ころ程度の存在であった誰かが何を喚こうが私には聞こえなかったのだ。

それこそ王子様自身が諌めなければわからなかっただろう。

彼と一緒になれるなら些細なことなど心底どうでもよかった。

でもある時、遊君がやってきて言った。

舞踏会に参加したいのならば、参加させてやろうと。

その資格をやろうと。

舞踏会でひとつワルツでも踊って、虜にしてこいと言われた。

言葉の魔法使いのように、他人に興味なかった私の興味を引き出した。

いとも簡単にやる気にさせた。

だから私はその一言で、期限つきの舞踏会に出る権利に飛びついた。

舞踏会に出て、王子様と踊り、そうして印象に残り去っていく。

置き土産ガラスの靴を置いて、心に巣食う。

他の令嬢恋敵に対する宣戦布告プロパガンダ

それが叶わないのなら、いっそ死んでもいいと。

そんな破滅的な恋煩い。

もはやそれはシンデレラではなく、もっと他の恋していた人物だろう。

ヤンデレラと言って揶揄されていたかもしれない。

それくらい、普通の人から見たら異常だったのだ。

今では、当時の私は一種の病気だったかのように思う。

その病名はシンデレラ症候群。

高い理想を異性に抱き、依存し、他人任せな人生を送る。

時に空虚で、時に縋りたくなるその病気。

果たして何の因果か。

酷い皮肉もあったものだと思わず笑ってしまった。

手を染め、足を洗ったはずの私が。

かつての灰被りのシンデレラが、今では猫を被って、舞踏会社会に参加しているだなんて。












本当に、気持ち悪い。

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