第38話 車窓から覗いた一時
六連休の休暇をまるまる使った記憶の補完は上手くいったと言っても過言では無いだろう。
遊としては夢の再確認、共有ができた時点で大勝利だったのだが、後の五日で記憶に余り齟齬がない事が判明した。
噛み合わなかったのは『魔法』『魔術』なんておとぎ話の存在の仕業だけで、そんな存在が絡まなければ至って普通の見知った学生生活だった。
(さすがに身近な人が犯罪に巻き込まれるって相当のことだってビビってたけど国際犯罪だとはな。しかもそれすらも凌ぐ事が身近に起きているっていう。軽く世紀末か?なんだよ人類滅亡の危機が三回ぐらいあったって。世界滅び易すぎだろ…なんだよ都心で巨大怪獣大暴れって。パンデミックが起きたって…そんな未曾有の危機が降り注いだってのに呑気に歩いてる人多すぎだろこの国…危機感なさ過ぎやしないか?そして極めつけは……なんなんだよこの世界、個人のパワーバランスおかしすぎだろ…戦艦を刀一本で一刀両断って…どこのアニメだよ)
軽く四回ぐらい度肝を抜かれ、失神しそうになった。
それもこれも全ては『魔法、魔術』と呼ばれる架空の代名詞のせいだ。
物理法則も無視したまさに言葉通り魔法のような出来事だった。
この世界でいとも容易く行われるのは、もといた世界だと考えられない程えげつない行為。
そりゃあ日常のハードルも上がるわな、と変に納得させられそうにもなった。
今まで遊がいた世界の「安全に暮らす」という行為のハードルが地面スレスレだったことを理解させられた。
更に言えばこれからも格差社会は拡大され、魔法はそれを助長するだろう。
魔法というのは属人的でそれこそ個人の努力どうこうの範疇を超えている。
魔法という概念が社会に台頭すればする程、個人の才能や能力がこれからはより重視されていくのだ。
そんな逆境を、荒波をものともせず自分たちは目的を果たさねばならないのだ。
一に生まれ持った才能に打ち勝つこと。
二に千佳を救うこと。
三に仲間と共に生き残ること。
これらを守って始めて胸を張って追いついたと自慢できるから。
意地でも貫き通す覚悟が遊にはある。
特にその二は最重要事項だ。
何をおいても優先しなければならない。
その点では少しこの世界の元樹や叶依とはズレているかもしれないが邪魔し合う訳でもないし放置する。
また状況がややこしくなる前に片をつけるべきだろう。
さて困ったことがひとつ。
遊は元の世界に帰るために過去を思い出そうと苦心してきた訳だが、どういう訳か記憶の齟齬を正そうともあの現象は現れなかった。
一度目は傘を忘れてないかと声を掛けられた。
二度目はいきなり連れて行かれた。
三度目は下校途中に。
四度目は墓参りの途中で気を失った。
どちらも欠けていた遊の記憶を取り戻すためにあちら側に連れて行かれたと考えられるのに、今回はなかった。
そもそもこの世界に干渉できないのか、はたまた遊の記憶では無いので干渉されないのか。
これでは記憶を取り戻し、元の世界に帰り千佳を取り戻す所ではない。
そもそも記憶を取り戻すためのあの世界にすら行けないのだから。
(困った…自分の非力を早くも呪いたいぜ)
思いつく方法は試したかったのだが、そもそも打開策のだの字すら見えない。
八方塞がりの四面楚歌。
前門の虎後門の狼では済まされない。
極限中の極限。
死中に活を求めるにはあまりにも非力だ。
そもそも知らないことが多すぎるのに利用しようと言うのが間違っているのか。
(でもこの世界なら簡単にあの現象も説明がつくかも。それが救いか。元樹とかを頼ってそこら辺からスタートしよう)
今まで通りでダメなら新しいことにチャレンジせねばならないと息巻いて今日も一日生きていく。
目標を決めて、一歩一歩確実に。
四限の終了を告げる電子音が鳴ると、静寂に包まれた教室に声が溢れ出す。
魔法がある世界でも変わらず取り留めのない日常生活が顔を覗かせている。
大抵芸能人とかテレビ番組の話や、動画サイトの話、アニメや漫画、ゲームの話。
至って普通の何も変わらない話。
ここだけを切り取れば何の変哲もない空間。
そもそもここの高校事態が魔法を扱う学校では無いというのも大きいだろうが。
さすが魔法がある世界といった所か、ちゃんと育成する機関はあるらしい。
それも中等教育までは義務で、高等学校から明確に区別し、指導を始めるらしい。
魔法とは無縁な人には一生無縁らしい。
一度は戦艦両断をしたいと思っていた遊が凹んだことは記すまでも無いだろう。
「元樹、お前の知り合いにさ、魔法とか超常現象とかオカルトチックなことに詳しい人っていないか?」
「魔法はオカルトじゃなくてちゃんと存在してるっつうの…まぁそういうのも仕方ないか。科学と違って魔法は俺たちじゃあまり関わる機会はないから実感しにくいかもな。でももうちょい外の世界に出てみれば大体科学プラス魔法の世界だぜ?」
「例えば?」
「そうだな…まず何がわかりやすいか…。まず電気は全部変換器にぶち込まれる前には魔法的なエネルギーで運ばれてくる。なんでもそうするとロスがないんだと。あと例をあげれば公共交通機関とかは魔法使ってて物理法則を無視した速さでかつ騒音がない。他にもサービス業なんかではよく使われたりするな。食べ物の調理とか清掃とか…あとは警察とか自衛隊が使ってるんじゃないか?使用はまじで限定的だけど魔道テロとか起こると使用が許可されるらしい」
「ふーん…物騒だな。治安おかしいだろ。世紀末かよ。…つっても俺が知りたいのは俺の身に起きた超常現象なんだよなぁ…魔法じゃあできっこないんだろ?」
「いる、か…?」
すると話を盗み聞きしていたのか叶依が満面の笑みでよってきて啓示を与えて下さった。
さすが学園の女神候補だ。
「元樹くん、そしたらあの人がいいのでは?」
「あの人?誰だ?」
「ほら、あの人ですよ…第四区の」
「あぁ…あの人か」
「誰だ?」
「確かにあの人なら色々とブラックボックスなこととかも知ってそうだしな。病院だし検査とかもできるだろ」
「おーい、勝手に二人で盛り上がって話を進ませないでくれー」
突然の置いてけぼり状態に堪らず情けない声を出す。
そうすると可憐にターンして、いい匂いを撒き散らしながら振り返った叶依が笑みと共に言う。
「ふふふ、すみません。決まりましたので、放課後ちょっと遠出して第四区に行きますよ」
「第四区…?病院とか検査機関とか研究所とか詰まっているところ?」
「はい。そこにとある御方がいらっしゃるんですよ?」
「…おいおいおいおい、まさかお前ら俺を病気かなんかだと思っているのか?」
遊は最悪な事態――連れ去られて検査やら注射やらをされる光景――を想像し、徐々に後ずさろうとする。
しかしそれを予期したかのように二人はガシッと遊の肩を掴んでインターセプト。
もう逃げられない。
それから優しく子供に言い聞かせるように叶依が言う。
「病院では無いにしろなんにしろその人しか頼る人が居ないんですよ。その人以外だと嬉々として人体実験されかねませんしね」
「いや怖!世紀末すぎるだろ!」
「現代技術の進歩は凄まじくてな。今じゃ千切れた上半身と下半身をくっつけられるらしいぞ。だから人体実験されても大丈夫だ安心しろ」
「怖!怖いわ!てか人体実験される前提で話を進めんな!…はぁ、はぁ、その第四区には人体実験をしないまともな人がいんのか?」
この案を撥ねたら、他に案がないことを悟った遊は渋々諾を下した。
「あぁ…滅茶苦茶苦労人で変なことばかり起きる人がな」
どうやら頼ってみて正解だったようだ。
改めて友人の頼りになるコネクションを実感する遊。
もしかしてこいつもこちら側ではなくそちら側なのではと疑ってしまう程鮮やかな手並みだ。
一体全体、まだ学生の身分でその人物とどこで知り合ったのだろうかと考える。
(こいつの事だしやっぱり将来の為のコネクション…の一環か?魔法は欠かせないって言ってたしな。だとすると超がつくほど優秀な人なんだろうなぁ~。……話理解できなかったらどうしよ)
杞憂であるはずのことを恐れている遊だが、しかし状況が許してくれる筈もなく。
ニヤニヤした元樹がヘラヘラと話す。
「取り敢えずまぁ、行ってみてからだな。遊がどんな姿になって帰ってくるか楽しみだな!」
「そうですねぇ〜」
「あぁ、そう――そうじゃねぇ!行くのそっちじゃなくてまともな方!真人間!だからお前らはなんでそんな俺を改造人間にしようとすんの!?」
「おいおいおいおい、改造人間って言ったら男の
「いいですよねぇー改造人間。ビバ改造人間!目指せ人類鏖殺!」
「待て待て待て!なんか目的違うし!てか危険思想過ぎるだろ!……はぁ。じゃあまずお前らの改造結果を見て決めるわ」
「何言ってんだ?お前だけだぞ?」
「なら絶対に、嫌!」
断固たる意思を表明する。
冗談だと理解して軽口を言い合いながらも、もしかしたら本当に改造人間にされないかと戦々恐々としていると、なんやかんやのうちに休憩が終わり、授業の準備を急ぐ。
やはり楽しい一日はあっという間に過ぎ去っていく。
まるで車窓から見えた景色みたいに。
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