32……第二のイブでティティを抱けるか
***
「また地面に引っ繰り返ってる。よほど好きなのね、大地が」
腰に手を当てたコブラ……ことティティはイザークを覗き込んだ。「ほら、はっぱ」と呆れながらも頭についた草ッパを手で叩き落として、不思議そうな表情になった。
「ねえ、大地に横になると、何か違うように見える? やってみようかな、わたしも」
「王女様に地べたに寝ろなんて言えない。まあ、空が落ちてくるように見えるかな」
ティティはゆっくりと座り込むと、ぺた、と背中を倒して仰向けになった。「汚れるって!」の一言に「いいの! 見たいの」と首を振った。
(あんなに、汚れることを怖れていたのに……)驚き続きのイザークの横で、ティティは小さく唸った。くるんと顔をイザークに向けて、困惑の笑顔を見せた。
「風が気持ちいい。何かが背中をもそっと通った。これが良くて、地べたに転がるの?」
(ちょっと違う)と思いつつ、倒れて、隣のティティに手を伸ばした。黒い海と濃紺の空は闇に二人で放り出されたような気分。
――世界の終わりだろうと、ティティといられれば終わらない。どんな世界で、悪意が渦巻こうと、ティティといられれば。闇もなくなる。
イザークは長い腕を頭の下に回し、ティティを見詰めた。
可愛いコブラ頭。ネフトの服が良く似合うが、ちょっと露出が激しい気がする。
「よくここまで来られたな。サアラの野郎が「子造りは支援しねえよ!」って俺を遠ざけたせいで、どこにいるのかも分かりはしなかった。一人で平気だったか」
「子作りって……」ティティはぷいと顔を横に向けた。
揺れたコブラ頭ごとくいと顔を片手でイザークのほうに向けさせ、きょとんとした瞳に獣の顔をしたイザーク自身を見つけた。
――マアトの呪。ティティの左眼はぼんやりと霞んでいて、涙すら見えない。
「なによ」とティティの言葉と同時に、目元に触れた指先がほんのり熱くなった。
「呪術なんて止めさせりゃ良かったって思った。こっち、来い」
引き寄せた肩越しのティティの睫がチクチクささる。
「自分の目玉が腐ろうが、消えようが飛び出そうが構わんが、ぱっちりとしたティティの、凜とした双眸を再び見たい。片眼にさせるつもりはなかった」
「ん」とティティは安心したようにイザークに頭を預け、すり寄った。唇を震わせながら、イザークを見詰めている。
(ボルテージが上がってきた。構わないか? サアラとネフトにバレなきゃ、いいか。呪いをかけた呵責がティティにはあるわけだ。そこを突っつけば首尾は上々)
ばっと起き上がって両腕の間にティティを挟み込んだ。ティティは眼を瞠って、イザークを怖々と見詰めている。剥き出しの肩に唇を寄せ、首筋をぱくんとやった。ビク、とティティの体が強ばった。
「貴女に聞くが、何度も俺を誘うのは貴女か?」
海の音が静かに響く。ティティの腕が伸びてイザークを引き寄せた。魅惑的な唇にがむしゃらに吸い付く。すっかりキスを覚えこんだ優等生な唇はイザークを迎え入れた。
「ん......」
顔を背けティティは恥ずかしそうにイザークに絡みつく。女性の身体はよくわからないが潤んだ片目を見る限りキスに意味はありそうで。
深夜の海岸は優しく2人を招き入れる。夜に溶ける大気にティティの胸がふるんと剥き出された。きょと、と目を瞠りつつティティはイザークの手にほぐされる膨らみを好きにさせている。
「止めねえの?」
「夫婦になるんだし.....さっきのキスで......濡れ......」
言いかけて「そういうわけだから」と突き放すように横を向く。
(可愛い.....)
思えばもう止まらない。己の肉棒でこの柔らかい四肢を変えてやりたい。罪人の欲望は∞に拡がって行く。
しかし今一歩踏み切れないのはティティが償いで四肢を投げ出したのではないかとの疑念があるからだ。
それでは意味がない。
それに怖がらせてどうするのかと、イザークは諦めた。
そもそも、ラムセスとの口約束の婚約で、正式な婚姻はしていない。
(相手は王女だしな....傷つけたらと思うと)
「イザーク?」
「サアラに見つかるとまたうるさいから、戻りな」
ティティは動かなかった。イザークはざり、と足を地に擦らせた。下心をぶっ飛ばして、良心がじんじん痛む。
「あのさ、呪いなら気にしてねえから。……ティティ?」
コブラがぬおっと逆立った気がする。
「イザーク、わたしを好き、なのよね? なんで、止めたの?」
(何だァ、藪から棒に)背中に冷や汗。イザークはごくりと唾を飲み下した。
「良かったのに……シても。そういう、気分で……忘れて! わたしらしくもない! ネフト様に影響受けすぎたの!」
小さく叫んで、ティティは「あ、んん」と咳払いをしてそっぽを向いた。
(まさか、ティティ、俺を意識してる?)逸る前で、ティティはコブラ頭をぶんぶん振り回して、小刻みに震えながら眼を強く瞑って見せた。ぎょろっと瞳を向けた。
「鍋……」ティティは背後の鍋を指した。ぶくぶくと鍋はピナツボ火山口のように泡を噴いていた。
「だああああ! ちょ、ちょっと待ってろ! は、腹が空いたよなっ? 調度いい頃合いだと思うぜ」
立ち上がった背中がびん、と伸びて躓きそうになる。(何だァ、今度は!)見ればティティがイザークの服を抓んでいる状態だった。
(離れたくないのか)どうも今夜のティティはいつもと違う。積極的と言うか。あのネフトというオンナの影響かとイザークは眉を寄せた。ティティは現在くらいが丁度いい。男に疎い王女という控えめさがイザークの欲望の歯止めになっているのに。
(積極的になられてみろ。俺の第二の心臓
イブ
が積極的に体内で蠢くぞ、本気で)
短く生えた雑草が揺れる。とうとう鍋が爆発し、二人はそれどころではなくなった。
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