11……世間知らずの王女
突然の言葉に戸惑っていると、イザークはざり、とティティインカに爪先を向けた。後で、細い手首を掴みあげた。
「貴女、先日の夜を覚えているか」
「夜? ああ、すいませんね。わたしは恐がりなの! 勝手に潜り込んで寝ましたね。だって小屋が潰れそうなんだもの。引っ越したい」
「覚えて、ないか……」
イザークはほっとしたような、不可思議を噛み締めるような声音を洩らし、ティティインカが悪戯した宝玉をがっくりと見下ろしていた。
「わたしね、生まれた時に、ぎゅっと石を握っていたらしいの。そういう子供は、石の神の子だって言われた。三歳に初めて術を使ったの。綺麗な石が出来た。嬉しかったな。それから、母と一緒に勉強して、甲虫の御護、作れるようになったの」
イザークは興味津々の様子で、椅子に斜めがけして、話を聞いてくれた。
「そうか。眼に浮かぶぜ。子供の貴女は頬を染めて喜んだのだろうが、俺の宝玉がね……」
「そりゃあそうよ! ほら、綺麗でしょ? 呪術が成功するとね、光るの!」
「ああ、綺麗だ。でも、俺の、宝玉が……」
ほんわかした会話の中、ティティは決意を秘めた。
「呪術と神は、味方だった。だから、今回も上手く行く。ラムセスの本当の魂の名――諱を暴き、スカラベに魂ごと封じ込めて見せる。本当はオマケをつけようとしたけどね。イザークは……保留かな。うん、ほだされちゃった、素敵なんだもの、これ」
「封じられてたまるか」
イザークは立ち上がると、「どうしても復讐を?」と聞いてきた。「ん?」と振り返ると、「俺がラムセスに復讐させないためにそばにいると言っても?」と。
「あんたに関係ないし。そもそもの悪の根源なんか、神さまの世界に封じてやればいいの。なら、お父さんとお母さんを返して」
「貴女、いくつだ」
「――19。だから、自分で自分の人生は決めるって言ったでしょ。ちょ」
影が重なったところで、ティティの平手が飛んだ。それでも構わず、狭い小屋の壁に押しつけられた。ぶる、と掴んだ手が震える。じたばたしてるのに、イザークの腕は緩まない。とうとう二度目の手を挙げて、突き放すように平手をかました。
「――って……夫婦になるってのに。俺はキスする度に張り飛ばされるわけか」
「不埒なことしたら、封じるわよ!」
「貴女が夜の度に誘うからだろうが! ラムセスの妹じゃなかったら……っ!」
「なかったら何よ。あたしはあんな兄は知りませんけど。なんなのよ。突然現れて、侵略者よ。あんたに構っているお暇はないの」
きつく告げて、背中を向けた。歩くと蒼水晶が揺れる。三連の首飾りは、ティティの大のお気に入りになった。だから、今のことは許して……。
(むずむずする)
足を止めて、背中を向けたまま呟いた。ラムセスを殺してやると思った時、この人は強く止めた、そうして、連れだしてくれた――……
「叩いたりして、悪かったわ。でも、吃驚させないで。いくら夫婦といえど、いえ、夫婦なんて認めてもいないから! 夜に誘ったって……あたしを誰だと思ってるの? このアケト・アテンの」
「嵐が恐いって泣いている気弱な少女でしかないだろうに」
ぱくぱくと口を開け閉めする前で、イザークはにっと嗤った。目が鋭いから狼みたいだ。
「な? 一緒にいてやるよ。――それ、似合ってる。それに、夫婦にはゆっくりなればいいんだ。俺が教え込むから心配すんな」
きょろ、と大きな眼を向けた瞬間、イザークは優しく告げた。
「貴女は、魅力的だ。だが、世間を知らなすぎるぜ王女さま」
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