mo/ON
新森たらい
第1話
それは大学二年のゴールデンウィークの前日。俺の誕生日の日だったはずである。二十歳の誕生日に俺は友人数人でコンビニに初めて酒を買いに行った。ビールと酎ハイと梅酒、手に取っていろいろ見てみるが味が想像できない。先輩や親から聞いた感想をもとに妄想してみる。かごの中に缶と一緒に柿の種やポテチ、それから当たり障りのない惣菜を適当に詰め込んでレジに持って行く。勘定の最中にゲラゲラ話していたせいかレジのおばさんに若干睨まれたがそんなのお構いなしに心は浮き足立っている。
コンビニを出るとそこから近所の奴の家で俺の誕生日会の名目で騒ぐつもりだ。今夜は特別!今夜は宴!そんなことが頭の中を駆け巡っていた気がする。今日を迎えたら大人、酒を飲んだら大人みたいなそんな気分だった。
そんな飲み会が終わって帰り道についていたときだ。俺はひどく酔っていた。深夜十二時を回り、フラつく足をフォローするように自転車を支えにして歩いていた。頭痛と気持ち悪さから飲み会の途中の時点で記憶があやふやになっている。アスファルトを踏みしめることがままならないほどに浴びるように飲んで後悔はしていない。しかし、通り雨のせいで路面は濡れているし、珍しく霧が発生し始めたため運がついていないとは思った。というよりそのときは夢うつつだったというか深夜の昂ぶったテンションの学生のそれであった。具合の悪さを空元気で吹っ飛ばしていたつもりだった。
次の瞬間だった。ぬかるんだ地面に足を取られて顔面から水たまりにダイブした。咄嗟に俺は口の中に入った泥水を飲み込んで閉まった。口の中には数時間前に広がっていた果物やアルコールの香りではなく、小学生の頃に一度は嗅いだことのあるであろうザリガニのような臭いが広がっていく。俺はゆっくりと体を起こすと顔を拭った。暗くてよく見えないが茶色い染みができている。倒れた自転車と一緒に立ち上がってみたものの霧が視界を覆っていた。転んで冷え切った頭だったがそれでも酔いは覚めなかった。
俺はそのまま自分のアパートに帰ると口をすすいで、汚れた服を水を張った洗面器の中に洗剤と一緒にぶち込む。そして、シャワーを浴びて眠りについた。
午前五時、睡眠時間約四時間で目が覚める。薄暗い部屋の中で布団もかけずにベッドでパン一で横たわって昨晩のことを思い出してみるが昨日の霧のようにもやがかかって思い出せない。混濁した頭の後ろをガリガリとかく。ベッドから立ち上がるととりあえず昨日の服を洗濯しようと洗面器のある風呂場によたよたと歩く。いつもより目線が高いような・・・いや気のせい、そう思っていた。けれど、その違和感を皮切りに「何かがおかしい」、そんな雑念がつきまとい始めた。夜に口をすすいだはずなのどぶの臭いが近くに感じるしアルコールの強烈なにおいもする、体全体はごわごわして重量感がある。
風呂場にたどり着き明かりをつけると鏡には得体の知れない何かが映っていた。ピンと立った耳、ふさふさのしっぽ、頑強そうな体。にわかには信じられなかったが、俺は恐る恐る手で顔を触ってみる。鏡に映る生き物は見事に俺の動きとシンクロする。
そして頬をなでて悟った。二十歳になったからって大人になったわけではない。これから大人になっていくんだと。
俺は、一夜にして狼男になっていたのである。
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