第50話50

 僕は家に帰った。そして、すぐに2階に直行する。また、前の『人間プロデュース』の曲を聴くのだ。

 そして、オーディオにCDを入れて聞く。

 曲。『地獄の灰』。

 最初のアコギのようなたんたんとした短調からこの曲は入っていった。

 夏の日差しの中腐っていく動物のような曲だと僕は思った。弦を一つ一つ弾くことと、それに対照してロックのような曲調が交互に現れ、ますます人に不安にさせてしまうのだ、この曲は。

 アンバラスの二つの曲調の中。人知れず持っている恋心が、夏の日差しを受けて変色し、腐っていくような曲に感じた。

 次の曲。『風渡り』。

 草原の中、自由にひょうひょうと渡る風のような曲だと感じた。

 例え、その草原が戦場の舞台になり、血塗られて(ちぬられて)いようとその心は自由である。ということを感じた。

 この曲を聴くと真部を思い出す。なぜか知らないが真部もこのような自由な風を吹いているような感じがしたのだ。

 僕はそれらを聞いたあと次の曲に入った。

 これまでの曲を聞くなか、僕の心の中はだいたい満足をしていた。このような思春期の暗い衝動(しょうどう)を放つ曲なんて今まで聴いたことがなかったから、僕はうれしかったんだ。

 例え、そういうのを聞くとしてもクイーンとか、ヴァン・ヘイレンのような幼稚な曲しかなかったし、ヘヴィメタあたりはあまりに暗すぎるから、論外だ。だからセンターオブライフのような歌手に会えたことがうれしかったのだ。

 それでぼくは次の曲に移った。曲は『the red world』だ。

 基音のようなイントロから、この曲は入った。

 そして、深紅(しんく)の世界が現れた。すべてを壊す衝動(しょうどう)とともに。

 その破壊衝動(しょうどう)と、苦しみと、悲しみを深紅(しんく)の世界に織り込み(おりこみ)、染められ(そめられ)、最後に壊れていった。

 僕はこれを聞いて、戸惑った。これは今まで聴いていた曲とはなにか異質のようなものという気がしたのだ。

 いや、こういう曲はあった。『ウォーター』や『ワールドエンド』と言った救いようのない曲はあったが、それとはどこかこの『the red would』は違うような気がした。

 確かに内に秘めた破壊衝動(しょうどう)は同じだが、何か、違う。今まではもっと、聞くものにとって俺もこんな衝動(しょうどう)を抱えているんだ。と言うことを示していたのだが、この曲はそう言うものにきびすを返して、自分自身を攻撃するように感じたのだ。

 僕は曲を止めた。そして、そのまま思考を回転させながら佇んで(たたずんで)いた。


 11章 アタタカイヤミ




 11月の本格的な冬の中。冷徹な冬の寒さが僕たちの体温を浸透させ、僕らの体を悴んでくる。そんないやな季節だが、僕は晴れた日の冬は好きだった。その冷たい寒さと、清潔な朝の光りがあいまった、清純な冬の朝が好きだったのだ。ようやく、この季節が来たな。と僕は思ったのだ。

 ただ、現実の世界はこの冬の早朝のように澄んだ空気ではないが。

 成田先生に職員室に呼ばれて一週間が過ぎた。先生は何か打開策を考えていたのだろうか?僕はそう考えながら教室のほうへ足を向けた。




 ホームルームの時間。みんなは席に着いてある。だが、成田先生と村田はまだ来ていなかった。

 いったい、どういうことだろう。多分、彼らは何かをしようと思っているのだろうが、いったい何をしようというのか?

 僕はそう思っていた。クラスのみんなも少しづつ騒ぎが大きくなっている。

 僕はそれを見て、彼らをゴキブリの集団のように感じた。ちょっと、何かあると逃げ惑い、そして、決して協調をしないゴキブリたちに。

 しかし、僕もこの事に対して、正直言って不安だった。何がって、彼らが何をしても、そう簡単にいじめはなくならないと思っていたからだ。

 それでもぼくはそれを待った。満潮(まんちょう)の時期を待つ蟹(かに)のように。

 そして、教室のドアが開いた。成田先生と村田だ。成田先生は決意をみなぎらせて、村田は底なし沼の中もがく人のようなその壮絶(そうぜつ)な悲壮感(ひそうかん)が顔の周りを貼り付けて(はりつけて)、入ってきた。そして、そのまま成田先生と村田は壇上(だんじょう)に上った。

「お前ら、待ったか?今日のホームルームと一限目の授業は無しだ。今日は村田にあることを発表してもらう。その前に一言言っておかなければならんことがある。村田に対するいじめは俺が止めるように勧告(かんこく)したが、残念ながらそれを終わってはいない。これはゆゆしき問題だ。俺は考えるに考えた。この事をどうするか?どうすれば村田の苦しみをみんなに理解してもらえるのか?と言うことを。……………。それで考えた結論はこうだ。今の自分の気持ちを村田に読んだもらうこと。そう言う結論にたどり着いた。さあ、村田。今の自分の気持ちを読んでくれ」

 そう、成田先生はいった。その言葉がクラスのみんなに耳に到達したとき、クラスの思考はタンポポの綿毛(わたげ)になった。突然の成田先生の強風を受けてちりぢりに飛んでいったのだ。

 そして、それは僕も例外ではなかった。いくら、成田先生が行動的でもまさか、ここまでのことはしないだろう、と思っていたのだが、どうやらそれは違っていたようだ。

 僕は考える。これでいいのか?こんな事をしてまた、悪いことが起きないのか?村田がいじめられないのか?と思ったが、少し考えて、それは違うという結論に達した。

 村田はもういじめられている。このいじめをなくすというの普通の手段。説教やいじめを止めようというお話ではダメだ。そんなんではいつまでたっても終わらない。ここは強引に突破していくものが必要かも知れない。

 そう僕は思い、ちらっと金村をみる。金村は周りの混乱をよそにじっと村田をみていた。

 周りのみんなはまだ、飛ばされて浮いていると、また成田先生が手綱をしめる。

「おい、お前ら静かにしろ!いつまでも猿のようにざわざわ言ってるつもりなんだ!静かにするんだ!」

 そう、成田先生が一括するとみんなの混乱は下火になっていった。そして、成田先生は村田を壇上(だんじょう)に立たせた。鍾乳洞(しょうにゅうどう)のしずくが落ちる。

 村田は顔をうつむかせ顔面を蒼白にして、今にも倒れそうなほどだった。それを見ていると海藻(かいそう)のように見えた、いろんな感情をもつれさす海藻(かいそう)に。

「みんな。私の思いを聞いて下さい。うまく言葉にできなかったけど、でも、今まで考えていたことを言います。聞いて下さい」

 そして、村田は持っていた紙を広げてみんなに向かって言った。

「みんな、私はつらい。今、私の思いのあるものはそれだけです。

 夜もうまく寝られない。体重も5キロ減りました。

 前の私はこんなんじゃあなかった。もっと、楽しいことばかりしていた。

 友だちとカラオケに行ったり、恋バナに盛り上がったり、洋服選びで喜んでいたり、そして、波田(はた)さんをいじめてたりしていた。

 波田(はた)さん、これは私が波田(はた)さんをいじめた罰なの?

 誰か、答えてよ。私が波田(はた)さんをいじめたからこうなったの?

 もう私はほんとつらい。頭がぼうっとしてて、なにも考えられないし。好きな洋服も全然着て楽しくないし、私は真っ黒な泥沼(どろぬま)につかり込んでなにも起き上がれなくて、そのまま沈んでいくような気分だ。

 そして、本当に沈み込んで上がれない。

 誰か助けてよ。この暗闇から解放して!

 でも、その一方私は思う。これは私の罰ではないのだろうか?神様が私に罰を与えたんだ。波田(はた)さんをいじめて、その罰を私に与えたんだ。

 私はいじめられてからそのことだけが頭を駆け巡っている(かけめぐっている)。もう、私に日の差すときが来ないんだ。このまま死にたい。

 でも、死ぬ前にもし、会えるなら波田(はた)さんにごめんと言いたい。それが私の唯一の願い」 

 波田(はた)さんは紙をしまい込んだ。その瞳には大粒の涙がぽろりぽろりとほほを伝っていた。

「みんな、これが私の気持ちだよ。そして、もしこんな私をみんなが許してくれるなら、私うれしい。また、みんなと仲良くしたい」

 村田はそう言った。そのとき、舌打ちが聞こえた。それは僕のすぐ隣の席に座っていた千早の舌打ちだったのだ。そして、それは小さい音だったので僕以外のだれも聞かない様子だった。千早は自身が昇進しようとしているのに、それを邪魔する人を見るような目つきで村田を見ていた。

 僕が千早から目をそらし、村田のほうへまた目を向けたとき、がたんといすが動いた。

 見ると金村が立ったのだ。そして、金村はそのとき、村田をまっすぐ見つめ、誰もが予想だにしえないことをいった。

「私のほうこそ、ごめん。里子。いじめたりしてごめんね。私、ちょっとむちゃくちゃしてたから、つい里子をいじめてしまったんだ。今の言葉を聞いて、私すごく後悔してる。また、里子が許してくれるなら、私また、友だち同士に戻りたい。いいかな?」

 金村はそう言って、壇上(だんじょう)に上った。村田は突然の事に色が白くなったり、黒くなったりしていたが、次第に安定していき、そして喜びの水があふれて、隙間(すきま)から漏れて(もれて)行くような表情をした。

「うん。いいよ」

 そう言って二人は手を取り合って笑った。僕はそれを呆然(ぼうぜん)とした表情で見ていた。

 まさか、こんな。

 しかし、僕の困惑をよそに早く色素を変化させたものが迅雷(じんらい)のごとく村田達の所に行った。

「ごめん!里子!まさか、うち、ここまで里子が苦しんでいるとは思わなかった。ほんと、ごめん。いじめてしまってごめんね、里子。うちも許してくれる?」

 それは千早だった。千早が村田たちのもとに行って、村田の手を握って自身が本当にすまない、すまないと仏様に拝むようにそう言ったのだ。

「ごめん!里子ちゃん!私も本当にすまないことをしたわ。どうか許して!」

「おれもだよ。村田!見て見ぬふりをしてごめん!村田の気持ちを考えるたびに胸が痛かった。どうか、こんな俺でも許してほしい!」

「私もよ。里子ちゃん。私も傍観者だったけど、里子ちゃんを庇ったらいじめられるだろうな。と思って黙っていたの。ほんと、ごめん。里子ちゃん。私も許して欲しいわ。これまでのお詫びを込めて何でもしてあげるから」

 そうみんなが里子の周りにやってきた。里子はそのみんなの許して欲しいの大合唱に最初はすごく戸惑っていた。戸惑っていたが、すぐにまばゆかんばかりの笑顔で答える。

「ありがとう、みんな!みんな、全員許してあげる!私、生涯でこんなにうれしい日はないわ!」

 そう、彼女はお日様のような笑顔でそう言った。

 みんなが許しを請うている。そして一人の少女が彼らの過ちを全て許す。まるで聖女みたいに。

 それを僕は見ていた。

 これで良かったのか?

 そう思って。悪いところはなかった。これで村田のいじめもなくなるだろう。なにも悪いところはなかった。しかし。しかし、僕の中で何かがしっくり来ない。何かが違うような気がする。そう思って、僕はまた彼らの姿をじっと見つめた。そうすると、彼らの姿がホットケーキのかけらに群れる蟻になった。

 僕は目をつむって、また見たら、別になにも普通のクラスのみんなになっていた。

 今のは何だったんだ?

 そう僕は思いながら、やはり僕は釈然(しゃくぜん)としないままそこに立ちすくんでいた。

 

 あれから一週間がたった。クラスのみんながいじめを止めてから一週間。

 その間僕たちのクラスは笑いが絶えないクラスに一変した。

 たとえば、こんな事だ。

 金田が女の子が持っているかわいらしい花柄のクリアファイルに対して皮肉を言ったら、成田先生が飛んできた。

「こら、金田!女の子の嫌がることはするな!」

 と言って、一喝した。それに金田はその女の子に謝っていた。あとで僕は放課後廊下にその女の子と女の子の友人と金田くんが楽しげに談笑しながら廊下を歩いているのを目撃した。わだかまりは見たところなさそうだった。

 それにこんな事もあった。

 体育の時間。そのときの授業の時は体力が弱い子を中心に徹底的に体力の強化を計る授業だった。

 そのとき100メートル走の14秒を上回る生徒を対象にその生徒に対してだけ14秒を切るように先生が特別授業を行うというものだった。

 そして、その生徒は僕と村田だった。

 僕と村田は懸命に走った。0,01秒づつ下回っているもののそれは切れなかった。そして、先生は金村と宮本にストップウオッチを持たせて、一時的にクラスのみんなを見に行った。

 そして、僕たちはまた、走った。しかし、やはり14秒を切ることはできなかった。

 それでぼくはそろそろ、体力の限界だな、と思って。意識を集中させ、本気の走りをしようとした。

 見ると村田も似たように考えていたらしい、似たように意識を集中させていた。

 そして、僕たちはスタートダッシュの姿勢をして、全力で走った。

 僕は走った、走った。頭がもうろうとしながらぼんやり前に見えるゴールに全力で走った。村田もほとんど僕と同じ位置だった。そして、ぼくたちはゴールの前に来た。そのとき。

 ピッ。

 金村がストップウオッチを押した。

 そして、僕たちはゴールした。

 金村が村田に近寄る。

「里子、ちゃんと14秒切れてる。これでもう、走らなくてもいいよ」

 金村の言葉に村田は微笑んだ。

「うん。分かった」

 そうして、金村と村田はストップウオッチを先生に見せていった。

「笹原、14秒02だ。あと、少しで切れる」

 宮本くんがそうなんの感情も出さずにそう言った。僕は大量の酸素を必要としていた。

 そして、先生が来る。

「おい!笹原!女の子に先に追い抜かれるんじゃないぞ!全く、情けないな。男なら、しゃんとしろ!しゃんと」

 僕は黙っていた。思考がまだまとまらなかった。まだ、この事に対してまだ、僕は考え続けたかったので黙っていたのだ。

 ハア、ハア。

 太陽が冬の空を晴れ渡らせる。あの太陽はだれを照らすのか。



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