第29話29

僕たちはいつものメンツで珈琲(こーひー)館に集っていた。燦々(さんさん)と照らす陽光がカフェを純白で清潔な保健室の部屋と思わせるくらい明るい場所だった。

 その明るさは不純な菌を殺せるくらい清潔なところなのだ。

 僕たちはそんな明るい場所にいた。ここで冷を取りながらのんびりしていくのが目的だ。

「リンちゃん、リンちゃん。涼しいね」

「ええ、そうだわね、美春」

 美春とフレイジャーはいつも通りに話していた。ぼくと真部でさっさと品を注文して席に着く。

 席は片面にソファーがフレイジャーってある4人用のテーブルだった。そこに僕たちは腰(こし)掛けた。女性陣をソファー側に座らせて。

「うわー。リンちゃん、リンちゃん。このソファー、ふわふわだよ」

「こんな、ソファーぐらい。どこでもあるでしょう、美春」

 そんな女性達の囀りを聞きながら、ぼくは思考の沼へ足を踏み入れた。

 波田(はた)さんが死んだ。それは間違いない。それで…………。

 そのあと、どうする?調べれば、やがていじめの自殺もわかるだろう。なんて言ったって波田(はた)さんはいじめを受ける前に太った体型をしていたのに、いじめを受けてから、激やせになったのだ。

 すぐ、いじめた事実がわかるはずだ。それで。

 それで、これからどうする?波田(はた)さんがいじめで自殺したあとこれからどう生きる?

 波田(はた)さんの両親に一生をかけて謝る?

 しかし、そんなことはできるのだろうか?両親がそういうことを許してくれると思えないし、ぼくはこの事を覚えていられるだろうか?

 それにもう一つ、波田(はた)さんの両親を巡ること以外にも、ぼくはこれからどう生きていればいいのだろうか?

 波田(はた)さんが死んで、それは自分も波田(はた)さんを助けなかったから、だから、自分もこの自殺の片棒を担いでるわけだ。

 それで、それで、どうする?

 これから自分はどう生きていけばいい?自分は償えない過ちを犯した。いや、大きな過ちを放置した。それで、これからどう生きていればいい?

「笹原」

「ん?」

 それでぼくは思考の紙くずの山に埋もれていたのを真部が現実に戻してくれた。

「笹原、コーヒーが来たぞ」

「ああ、ありがとう。真部」

 ぼくが頼んだアイスコーヒーが出てきた。アイスコーヒーの上の氷のほうにある透き通った水色の下に深い闇がぼくを凝視(ぎょうし)していた。

 それにぼくはミルクを入れてかき混ぜる。すぐにコーヒーは淡いクリーム色になった。

「美春、あんたそれ食べることができるの?」

 見ると寺島さんは抹茶パフェを注文したようで、その異様に多い糖分の城は自分の身を溶かしながらもこの後ぢんまりとした場所でまさに異様な存在感を見せていた。

「へへーん。大丈夫だよ〜。リンちゃんも食べてくれるから〜」

 そういう寺島さんの甘い楽観の壁をキャサリンの砲台が一撃で粉砕(ふんさい)する。

「私、そんなに食べないわよ」

「ええ!」

 残念ながら、これまで強固に作り上げられたと思っていた、寺島壁は一瞬(いっしゅん)で粉砕(ふんさい)した(ちなみにこの壁の強度は寺島さんのあまあまの願望で作られている)。その壁が粉砕(ふんさい)して慌てる、寺島陣営。もう少し、まともに考えとけといいたい。

「何で!だって、リンちゃん女の子でしょ?女の子はみんな甘い物が好きなはずだよ。だから、リンちゃんはパフェを食べるはず。どう?この名推理、我ながら怖いくらいの推理の切れ味だわね」

 そう言って、寺島さんは身震い(みぶるい)をしていた。

 そんな美春にフレイジャーがばっさり切り捨てる。

「あのね、美春。私は食事のカロリーに気をつけているの。こう言うものを食べるわけにはいかないのよ」

「ノー!」

 寺島機はフレイジャーの対空砲台の前に撃墜した。

「おお、では私はどうすれば………」

 寺島さんは顔を俯けにして両手を強く握って、しゃがわれた声で言った。

 それにフレイジャーがぼそっと言う。

「でも、少しなら食べるわ」

 そう言うと寺島さんは乾燥していたクマムシが水を与えられ生命活動を再開するように、みるみる復活していた。

「いえーい、そうこなっくちゃね。あ、そうだ光も食べる?」

「ああ、そうだな。そうしよう」

「すみませーん!店員さん。スプーンをもう二つ。あ、リンちゃんはこれ使って先に食べていいよ」

 そう言って、寺島さんは最初に乗っかっていた、スプーンをフレイジャーにあげた。

「じゃあ、先にもらうわね」

 そう言って、フレイジャーはスプーンを取って先に食べる。

「どう?リンちゃん?」

 フレイジャーがその抹茶アイスを口の飲み込む、そして言った。

「うん。美味しいわ」

「よかったー!」

 それになぜか、寺島さんがうれしそうな顔をした。そこに店員さんが来た。

「お客様、スプーンでございます」

「ああ、ありがとう。じゃあ、美春、いただくか」

「うん、そうだね」

 寺島さんと真部が両隣で視線を交わして、彼らは食べていった。

 僕はそれを見ながら、自分には蜃気楼(しんきろう)みたいなことだと思った。自分には関係ない幻想だ。

 そして、ぼくはコーヒーをすすった。コーヒーはあくまで苦かった。






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