第19話19
「うい〜す、今日もコーラはうまいね〜」
そんなことをいいながら寺島さんはコーラを飲んでいた。今日は7月29日。僕たちがこつこつやってきた勉強もこれで最後になった。そのお疲れ会と明日から何をして遊ぶかで僕たちはこうして集まった、はずだ。しかし、寺島さんはそんな事情を覚えているか疑問に覚えているほど端から見て、はしゃいでいた。
「飲んでるな、美春」
「おーす、そりゃ飲みますよ。やっと、これで勉強が解放されたんだもん。これは祝杯でしょう」
真部の言葉に寺島さんは飲んだくれ親父のような回答をする。このまま、飲み会みたいなのりになるかと思いきや、やはりフレイジャーと真部は冷静だったようで今後のことを話し合った。
「それじゃあ、次回のことはどうする?」
「そうね、私は特にこれがやりたいというのはないけど…………」
そうやって二人の話に加わろうとすると、ぼくの所へ、寺島さんがよってきた。
「寂しいね、笹原君」
「何が?」
いったい何を言ってるんだ?寺島さんは捨てられた子犬のような目でこちらを見ながら、こんなことを言ってきた。
「私たち、おばか二人組じゃあ会話に加われないよ」
「寺島さんが馬鹿なんて、そんなことないよ。だって成績いいじゃない」
そう言うと寺島さんは穏やかな目をした、おとなしめの寺島さんになってこう言った。
「ありがとう、笹原君。笹原君は優しいね」
「よしてよ。そんなことないよ」
思わず照れてしまった。だけど、実際に言われると何だろうすごくむずかゆい気分に襲われるのだ。
「ううん、そんなことない。笹原君は優しいよ。だから………」
「?だから?」
いったいこの台詞(せりふ)のあと、何を接続するのだろう。寺島さんは優しげな目をしていたが、次の台詞(せりふ)でぶっ飛んだことを言い放った。
「持久戦、コーラ一気のみをしよう!」
「何だ、それは!」
「説明しよう。コーラ一気のみとはそれぞれ同じグラスにコーラを注いで一気のみをします。それでげっぷを早くした人のほうが負けるという物です!」
ぼくの疑問を答えず、寺島さんはゲームとかアニメとかで登場するような説明をする変な人のように一気に説明をした。
「えーと、それしなくちゃあならないの?」
「もちろん!え〜、これは優しい笹原君は絶対に参加しないといけません。別に参加しなくてもいいけど、私の辞書の中では参加がもう決定されていますからね!」
寺島さんはぼくのためらいがちな異議をばっさり切り捨てた。
「さあ!笹原君!男ならこれに挑戦しなさい!」
「そ、そう言われても……」
ぼくはためらった、こういう会話をしたことがないのでぼくは戸惑ってしまった。どう言えばいいんだ?
「どうした?笹原一樹!チャンピオンだったおまえが逃げるなんて、見損なったぞ!」
ぼくがしどろもどろになってるうちに、寺島さんはこんなことを言い出した。そして、フレイジャーと真部もこっちが何かをしていることに気づいた。
「え、え?」
「岡山の虎と言われたおまえがこんなところで逃げるだなんて。それではおまえを信じていたファンはどうなる?そして、おまえの背中を見て育った息子になんて言うんだ!」
「そうそう、そうだわ」
僕たちの話にギャラリーも乗ってきた。
「魔神グリチャシフを倒したあなたが逃げるなんて、そんなの末代までの恥だわ」
「そうそう」
真部も乗ってきた。
「魔術師、魔木真一郎のあの熱きバトルは今も目に焼き付いて離れない。そんな君が逃げてどうする?どんな敵でもたたきつぶすというのが岡山の虎、笹原一樹ではなかったのか?いや、むしろたたきつぶせ」
「そうそう、これで逃げたらチキンやろうと呼ぶぞ!笹原一樹!」
ぼくに向かってびしっと指を指して、寺島さんは言った。寺島さんの目はもうノリノリでこう言う役を演じているのが見て取れた。
しかたない。
「よーし、やってやろうじゃないか!その、コーラのみ!負けたらあとで缶コーヒーをおごること!」
「おー!いいね。望むところだ。よーし、物を出せ!」
「了解」
フレイジャーがコップを取り出す。そしてフレイジャーがそのコップにコーラを注いだ。
「よ〜し、用意はいいか?チャンピオンの座も今日限りだぜ、岡山の虎!」
「ああ。じゃあ、真部、開始の合図をしてくれ」
「ああ、わかった」
真部はそれを了承してくれた。
それで僕たちはコップを持ったら真部が二人の間に座り手を上に上げ言った。
「レディー」
ぼくと寺島さんはにらみ合う。冷房が効いた部屋の中、しかし心なしに背中に熱を帯び、それがコップの中にも伝わったのか、氷がかこんと沈んだ。
「ゴー!」
ごくごく!
一気に飲む。それで机にコップを同時に置いた。
「おおー。二人ともいい飲みっぷりじゃない」
そのあとフレイジャーがコーラを注ぐ。結露をまとったコップが自分の青春を発散している風に見えた。
そして、自分の体も異変が起きていた。胃がごろごろする。本来ぼくは胃が強くないのでコーラなんて飲んだら、二口、三口でげっぷをしてしまうのだ。それが今は一気飲みという無茶なことをした物だからおなかの中が大変なことになっている。
「お、おい、そろそろ、ギブアップ、しないのか?あれだけ、早く飲んだら、きついだろう?」
ぼくが途切れ途切れに言うと寺島さんも途切れ途切れに返した。
「な、何の、これしき。それより、岡山の虎よ、こんな初戦でこうまでダメージを受けているのか、地に落ちた物よの。老いには勝てぬか。……っ!…………」
寺島さんは台詞(せりふ)のあとに口を押さえた。寺島さん………。
寺島さんも強くなきゃ、やらなきゃいいのに。
でも、そうは思いつつ、強くないのにこれをする。寺島さんもすてきだな、と思いつつあった。
「はい、注いだわよ」
フレイジャーがグラスにコーラを注いだ。僕たちはそのコップを持った。真部が間立てをあげる。コップが大量に汗をかきながらその青春を燃やしている。
「ゴー!」
真部が手を下ろす。僕たちは一気にコーラを飲んだ!
「っ!」
コーラを飲んでまず、体が異変を感じた。これまでは2匹の犬が争っていたのが一気に10頭ぐらいの犬が大乱闘をしている風に胃が暴れていた。必死に押さえ込もうとしているが、ダメだった。このまま、放っておくとまずいことが起きるという体の信号を感じてしまったのだ。
「げぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!、ぷ」
ぼくがたまらず、げっぷをすると、寺島さんもすぐにげっぷをした。
「げぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!ぷ!見た!みんな、見た!私、笹原君に勝ったよ!」
寺島さんは両手をVの時に上に上げてガッツポーズをして、すごくはしゃぎ回った。
「よかったな、美春」
「うん。よかった〜!」
寺島さんは満面の笑みで答える。ぼくはげっぷをしてもまだ、何か蛇が這いずり回っているような、そんな感じをおなかに感じた。
「岡山の虎、初めての黒星。これをどういう風に説明しますか?どうして負けたのですか?」
フレイジャーがエアマイクを持ってこっちに話しかけてくる。
「え?敗因?ああ、あれだね。病床に倒れている妻を思うとどうも身が入らなくて」
ぼくは、そう言った。もう何でもいいから口にした。
「そうですか、病床の妻を思いましたか、それは負けるはずです。それで虎、これからどうしますか?」
「そうですね。引退でもして解説員としてテレビにでも働きますかね」
そんなことを言うとみんなが爆笑した。自分でも、こういう風に人を笑わせることができるのかと思うとなんだか不思議な気分に襲われた。
「で、ふざけたことはこれくらいにして、今後のことを話そう」
真部はこれが一段落ついたところでこんなことを言った。
「それで、あれだ。さっきフレイジャーと話したのだが、せっかく夏なのだから、ここで一緒に読書会をしないか、という話になったんだが、どうだろう。この案に異論のある人はいるか?」
……………。だれも口を挟む人はいなかった。それを見てか、真部はさらに言った。
「いないな、じゃあ。次は何を読む?せっかく、夏休みなので古典を読みたいんだが」
「はいはい、はーい」
寺島さんが元気よく手をあげる。
「どうぞ、美春」
真部に指を刺され、元気よく答えた。
「罪と罰!」
「それもう読んだ」
「あ、ぼくも」
「え?ええ?」
僕たちのダブルパンチに寺島さんはきょとんとした。
「あれ読んだから、別の分、読みたいよな〜」
「ああ。そうだな」
「というより、美春。もうそれぐらい読んでおきなさいよね」
フレイジャーも美春を突き放した。
「そんな〜」
美春は自分が孤立無援であることを思い知って意気消沈して、肩をがっくり落とした。
そして、みんなそれを無視して話を進める。
「ねえ、それでどうする?何を読もうかしら?」
「そうだな。前にも言ったけど夏休みだから、古典で分厚いやつを読みたいな。たとえば、『カラマーゾフの兄弟』とか『オリヴァーツイツト』もいいかもしれない。どうだみんな、これは?」
それにみんなは黙った。特に否定はしないが、これといって肯定はしない沈黙だった。
「う〜ん。別に構わないけど、ほかに何かない?」
フレイジャーの言葉にぼくはなにも浮かばなかったが、寺島さんが元気よく手をあげた。
「はいはい、はーい」
「はい、美春」
フレイジャーが寺島さんを指名をすると、寺島さんは元気よく答える。
「『アンナカレーニナ』!」
「と、言ってるけど、どうする?」
「う〜ん」
ぼくと真部は目を合わせた。どうする?とどちらの目もそう書いてあった。
「う〜ん。それはなぁ。だって、あれでしょ、「アンナカレーニナ」ってあの分厚い文庫本4冊に女性が母として生きるか、女として生きるかのを、延々書いてあるんでしょ。それ読むのこたえるよ」
「ええー!だからいいじゃん。それ読みたいよ」
寺島さんは口をすぼませていった。
「美春。一応、みんなで読む物だから、それをしたければ男達にもわかる説得をしなければダメよ」
フレイジャーが寺島さんをたしなめる。寺島さんは何とか飲み込めたみたいで僕たちにこう言った。
「わかった。じゃあ、言うけれど『アンナカレーニナ』読んだ方がいいよ。結婚生活の想像力が働くよ。自分の妻が不倫していたときどうするか?というね。だから、読まない?」
寺島さんはそう言った。でも、それでぼくも何を言うべきかだいたいわかった。
「100年前のロシアと今の日本を比べても、どうかと思う。それよりも『1984』を読まないか?その方がいいよ。全体主義について書かれているから、教養の習得にもなるから、それを読まないか?」
「ああ、なるほど」
寺島さんもそれに相づちを打ってくれた。
「ふむ、それはいいな。俺は賛成だ」
「ええ、それもいいわね」
フレイジャーと真部が賛成をしてくれた。
「え?何で?リンちゃんぐらい賛成してよ!」
寺島さんにだだにキャサリンはこう言った。
「別に美春の案に反対なわけではないわ。でもね、笹原の案もいいなと思っただけ。というより、最近恋愛の物ばかり読んできたから、そういう教養物も読んでみたいわ。というか、それ読みましょう。はい私『1984』に一票を入れます」
「ええ〜!なにそれ!」
それにたまらず寺島さんが悲鳴を上げた。
「ちょっと!それはないよリンちゃん!『アンナ』読もうよ!『1984』よりもそっちのほうが興味あるでしょ?」
そう言って寺島さんはつぶらな瞳でフレイジャーを見たが、フレイジャーはそれを一蹴する冷たい瞳でばっさり切り捨てた。
「でも、こういう恋愛物よりもいいかげん教養関連も読まなきゃいけないからね。美春も恋愛物ばかりじゃなくて教養のほうも読まなきゃダメよ?」
そう、フレイジャーは言った。それが寺島さんにとって明らかに不満げだった。
「ええ〜!そんなぁ〜」
美春はまだ、名残惜しそうにフレイジャーを見るが、フレイジャーはそれを完全に無視した。
「はぁ〜。わかりました。じゃあ『1984』でいいです。」
「よし、決まりだ。じぁあ、各自買ってきてそれを読み合おう」
「真部。『1984』ってどのくらいの値段だっけ」
「それは千円ぐらいだろう。早川epi文庫で予約するかそれぐらいになると思う」
「わかった」
僕は肯いた。光も肯き、手を叩いてこう言った。
「よし、夏休みは『1984』の読書会で決まりだ!」
『おおー!』
そのあと真部はこう続けた。
「ところで、ずっと勉強ばかりも何なんだと思うから、一回市民プールに行かないか?いつもここばかりにいてもひからびてしまうだろう。どうだ、いかないか?」
そう真部が言ったら、フレイジャーと寺島さんは目を見合わせた。多分、突然こう言われて驚いているのだろう。まあ、僕はいいけど。
「僕は構わないよ。プールに行っても、確かに最近熱いしね」
そう、僕がいったら、やはりフレイジャーと寺島さんは目を見合わせた。
「どうする?美春?」
「え?どうするって言われても…………」
どうやら寺島さんがこの事で踏ん切りがつかないようだった。そんな寺島さんにフレイジャーはこう言った。
「私は行きたいけどな。でも、あなたが行かないのであれば、別に行こうとは思わないし。どうする、美春?」
「え?あ、うん……………」
寺島さんはコガネムシの幼虫の沈黙をしたあとにこくりと肯いた。
「うん、いいよ」
フレイジャーは寺島さんを列車の車窓の目で見つめて、僕達に向き直ってこう言った。
「美春がいいのなら、私は行くわ。それでいいわよね、美春?もう行かないというのは無しだからね、やめるなら今のうちよ?」
それに寺島さんは慌てて、肯く。
「行きます、行きます!私も最近熱いと思っていたし、新着の水着も着たいから。…………でも、行くのは市民プールだよ、光。普通のスパには行かないから!」
それに真部は鷹揚(おうよう)に肯いた。
「ああ、わかった。市民プールに行くし、本が入荷したらすぐに知らせる。ここら辺でいいな?では解散!」
それで解散となり、みんなが思い思いに立って背筋を伸ばしていた。それで帰り支度をして漫然(まんぜん)と真部の家を出たのだ。
「さよなら美春」
「おーっ、さよならリンちゃん」
「さよならだ、笹原」
「ああ、さよなら真部」
僕たちはさよならをしてから帰って行った。寺島さんの家の前でぼくは自転車を止めた。寺島さんがそこに到着したとき、ぼくは言った。
「じゃあ、さよならです。寺島さん」
そう言うと寺島さんはきょとんとした顔になった。
「笹原君、何言ってるの?笹原君は私にコーラ一気のみで負けたんだから、私にコーヒーを買わないといけないんだよ?」
……………。
「あ!そうか!」
一拍おいてからぼくはそう答えた。すっかりそういうことを忘れていた。
「もう、それ、忘れちゃったの?もう、案外(あんがい)ドジっこなのね、笹原君は」
「ドジっこなんて言わないで下さい。そうか、そうだった。それがあった。いや〜、すまなかった。すっかりど忘れしてて。すまなかったよ」
ぼくはそう言った。本当にど忘れをしていたのだ。
「はは、まあいいや。自転車持ってくるから待っていてね。近くの自販機があるから、そこで買ってもらうから」
そう言って、寺島さんは笑って、家のほうに入っていった。
ぼくは家の前でまちながら夕日が静かに笑いかけてくれていた。
「お待たせー!」
学校指定の自転車を押しながら朗らかに笑って、寺島さんは来た。
「じゃあ行こうか」
「うん!」
それで僕たちはこぎ出した。
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