第15話15
それからというもの波田(はた)さんをいじめることが多くなってきたような気がした。実際には見えることは少なくなっているが、げっそりした波田(はた)さんの姿を見ていると、ああやはりいじめは続いているのだな、と思うのだ。
それを見てぼくはあることを思い出す。人に杭を打たれる藁人形を。呪いを一心に受けて、人の欲望のために打たれて埋められるのだ。
波田(はた)さんはきっとただ、単に捨てられる存在なのだろう。人のガス抜きのために、そう思うとなんだか悲しかった。
7月に入った。空気の温度が暑く人をゆでさせ、周りの人たちはだるそうに動いている。その中でぼくは暑く人を熱気に進む中でも心は洞窟のこけみたいにブルーでじめじめと暗かった。
学校には行きたくなかった。こんないじめのあるクラスなんて正直言ってもう関わり合いたくなかった。
しかし、それなら不登校になるのか、というのもダメだった。本当はいきたくないけど、そんなことをすればまた、前と同じ元の木阿弥になるのは明白だから、なので行くしかなかった。
光りがまぶゆいばかりに蜃気楼(しんきろう)を作り出す世界。僕はその体がだるくなるような世界のなか、自転車を止め校舎に入る。そして、僕は階段を上っている最中考えることはいじめのことばかりだ。どうしたら、いじめをなくせる?どうしたら村田たちにいじめが悪いと言うことを教えれるのだ。そんなことを考えながら教室に入るとぎょっとした。
そこには骨があった。
いや、骨ではなくて波田(はた)さんがいたのだが、それがすごくがりがりな体型になっていたのだ。波田(はた)さんはぽっちゃり型であったのが、ここまで骸骨(がいこつ)のようになってしまうとは、ここまでいじめは人を変えるのかと思って愕然とした。
ただ、いじめをしている人はあまり変わらなかった。波田(はた)さんが太かったら、くせえんだよ、といってけって、やせてきたら俺のおかげで痩せれてうれしいだろうといってけって、骸骨(がいこつ)ぐらいになったら、きもいんだよ、といって思いっきり蹴るのだ。もう、そこまでの体型になったら蹴られたらもうぼろぼろだから起き上がるのは時間がかかるのだ。
しかし、やはり変化はあったかもしれない。明らかにけりの威力は骸骨(がいこつ)になったときが一番強くなっているから、彼らは内心脅威を感じているのかもしれない。そして、ここからもっといじめがひどくなったような気がした。別にやることがひどくなったわけではなくて、何か執拗(しつよう)に必死にいじめているような気がするのだ。
僕たちは寺島さん、真部、フレイジャーとぼくはまた岡山に来た。別に対して用事はないのだが、フレイジャーと寺島さんがウィンドウショッピングとカラオケをするためにここに来たのだ。
ぶらぶらとファッション店をみたあと僕たちはドトールでコーヒーを飲むことにした。
「ねえ、それでねー。美緒がこんな事いっちゃってさ、美春ってマイペースだよね、っていうんだよ!ひどいよねー?リンちゃん。私がマイペース?もう超誤解だってのに!
まったくさ、わたしは必死でみんなに合わせているって言うのに、そんな私をマイペース!どの目で見たらそう言えるのよ!ドン(テーブルを叩く音)
あ、一樹、コーヒー切れた。Mのアイスコーヒー注文してきて。
ほんと、美緒の目は腐っているよね。こんなにかわいくて一生懸命(いっしょうけんめい)な私をマイペースだって言うんだから。私は必死にやってるというのよ〜(泣き上戸になる)私はさ、みんなからずれないようにグループのおしゃれを察知したり、掲示板でも美緒ちゃんをさりげなくフォローしているんだから、私こそ真面目で一生懸命(いっしょうけんめい)尽くす女はいないのよ〜
ああ、一樹、お帰り。ありがとね。え?代金?そんなの後々!男だったら細かいことを気にしない!ばんばん(一樹の背中を叩く)
それでさ〜、リンちゃん………………」
寺島さんがのべつなくしゃべっていた。というか、ほとんど彼女がしゃべりっぱなしだった。この頃は僕は当初持っていた寺島さんの神聖な少女のイメージががらがらと壊れて、だいぶ寺島さんには幻滅していたじきだった。
しかし、それとは別に、ぼくは波田(はた)さんのことで胃がきりきり痛んでいた。とにかくいじめの現場をみると胸が悪くなるのだ。だから、寺島さんの話が聞いて笑いつつ、心では笑っていなかった。
そんなことを思っていると寺島さんが素っ頓狂な声を出した。
「あ!そうだ!私あれだ。江國香織の新しい小説、買うの忘れてた!」
「え?ああ。さっき本屋で、買うの忘れていたのか?」
ぼくの言葉に寺島さんは目いっぱい頷いた。
「そうだ、そうだ忘れてたよ〜。買いに行かなくちゃ。みんな!ここでちょっと待っていてね!」
そう言って出て行こうとすると真部がこんなことを言ってきた。
「美春、いくんならついていくよ。余計な買い物をして時間をつぶしたらみんなに悪いしな。キャサリンと一樹はここで待っていてくれ」
「え、悪いよ、光。一人で行けるよ」
「そうはいいつつ、ちょっと待っていてね、といわれどれだけ待たされたことか。そういうわけでいってくる」
「え?仕方ないなぁ。まあ、確かに過去そんなこともあったような、なかったような気がするけど、まあいいか。じゃあ本一冊買うだけだからすぐ終わるよ」
そう言って、寺島さんと真部は出かけていった。後にはぼくフレイジャーが残されていた。
ー……………………。
沈黙。二人のときだとよくこんなときが起こる。この沈黙に耐える方法もあるけど、ぼくは波田(はた)さんのことを話したくてフレイジャーに話しかける事にした。
「なあ、フレイジャー」
「何?笹原」
フレイジャーはいつものように冷気と傲岸(ごうがん)さを掛け具えて(かけそなえて)座っていた。ぼくの声にもあまりリアクションが感じられなかった。
「なあ、波田(はた)さんのことだけど、いや、いじめのことだけど話してもいいか?」
ぼくの言葉にフレイジャーは表情一つ代えずこんなことを言ってきた。
「前にも言ったけど、私はあんたのことなんか興味はないわ、でも、あんたが独り言を言うのなら別に構わないわ、本を読んでいても独り言を言いたいのならご自由に」
そう言って、フレイジャーはバックから亀山郁夫訳の『カラマーゾフの兄弟』を読み始めた。こいつはよくドラマとかである実は聞いてるよ、的な意味ではなくて、本当に独り言だと思っているからな。
しかし、案外(あんがい)その方がぼくにとってもよかった。
「じゃあ話すよ。村田、金村さん、金田君はどうしてあんないじめをすることができるのだろうか?僕はあんな現場を見るたびに胸がむかむかしてしょうがない。
気持ちが悪くなるんだ。波田(はた)さんがあんなにやせ細ったらそれだけでもうダメだ。ぼくならいじめることなんてできないし、何より胸がむかむかする。もういやだ、こんないじめはもういやなんだよ。
ただ、じっと見つめて波田(はた)さんをみる事なんて、すごくいらついて、すごく気持ち悪くなる。これは生理的な物なんだ。あんな姿を見ると胸がむかむかして、もういじめるという気力が起こらなくなるはずだ。少なくともぼくはそうだ。あと、あとなんだ…………」
そう一気にぼくは話して、何も思いつかなくなったのでコーヒーをすすった。
ーはぁ、ちょっと生き返るな。
「まあ、そのなんだ、あんな事をすると人間の本能が嫌悪感を示してできなくなるはずだ、といいたいんだよ」
僕は一口コーヒーをすする。コーヒーは苦かった。
「それなのに、なぜ村田たちはあんな事をできるのか僕には理解できない。なぜだ、なぜなんだ?少しでも人としての情があればできないはずなのに、なぜする?どうすれば人としての優しさを彼女たちに教えることができるのだ?本当は誰もが傷つきたくないのになぜ、人を傷つけるまねをするのか。僕には理解できない」
フレイジャーは相変わらず、本を読んだまま顔を上げなかった。またしても完全な独り言になったがぼくはあんまり気にしなかった。もう、フレイジャーに共感を得てもらおうなどと言うことは考えていないのだ。ただ、ぼく自身がたまっていた物をはき出したかっただけで、フレイジャーもそんなことを全く関係なしに聞き流しただけ、それだけのことだ。
そのうちに寺島さんと真部が帰ってきて、僕たちの会話は終わった。ただ、ドトールのジャズの香りを残して。
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