第2話

「よぉ。お前、決めたか? 星」


 目の前の椅子に誰か座った。顔を上げなくてもわかる。松本だ。


 この教室内でぼくに話しかけてくる変わったやつは、こいつしかいない。


「いや、まだ」


 見るともなしに頁を捲っていると、突然パンフレットが消えた。


「おれ、ここにしたよ。やっぱりさ、水があるとこがいいじゃん」


 なんてことは無い。

 松本が取り上げたのだ。


 彼は二番目に紹介されている、ボーリングの球みたいにつるんとした白い星を指さしていた。


 唯一青が見られる星だ。


 やっぱりお前もそれ選ぶよな。


 思うけど言わない。


 面倒くさいからだ。


「お前もここにすれば? おれ、ここだし。おれいないと、ガチぼっちだろ、お前」


 まるで抽選漏れすることを想定していない口調に、ぼくは肩を竦める。


「そこに住めるかどうかなんて、わからないだろ」


「えー。住めるだろ。だって、定員8億人もいるんだぜー」


「・・・・・・お前、今の地球の総人口知ってるのか?」


「え。10億人くらいじゃねぇの?」


 0一個足らないよ。


 相手にするのもアホらしくなって、ぼくはパンフレットを取り返した。


 とは言っても真剣に見る気はないから

 、また頁を適当に捲る。


 松本はまだいた。


 なんと言うか、そこ。お前の席じゃないよな。


「お前ってさ、いつもつまんなさそうだよな」


 唐突すぎて、不覚にも顔を上げてしまった。


「え? なに?」


 松本は真顔だ。


「熱がないというか、喜怒哀楽に乏しいというか・・・・・・とにかく、うん。何しててもすっげぇつまんなさそう」


 冗談ではなく本気で言っているのが分かり、少しムッとしてみせる。


「今だってさ、そんな顔してるけど、別になんとも思ってないんだろ、ほんとは」


 がんばって曲げた口をまっすぐに戻して「・・・・・・まぁ」曖昧な返事をした。


「かと言ってさ、成績悪い訳じゃないし、運動音痴って訳でもない。

 上野たちが言ってたぜ。『あいつってさ、ロボットみたいだよな』って」


「・・・・・・ロボットか」


 教室の前の方のかたまりから、松本を呼ぶ声がした。


「おー。いまいくーー」


 松本が席を立った。


 ぼくと違って松本は、男女問わず人気がある。


 理由は明白だ。


 明るくて誰にでも優しいからだ。


 歯に衣着せぬ発言や、心底頭の悪そうな発言をするやつだけど、そこも憎めないと思われているみたいで。


 実際「お前ってほんと失礼なやつだわー」という笑い声が聞こえてきたりする。


 たぶん、ぼくに話しかけているのも、人気者としての義務。


 あいつ、いつもひとりぼっちで可哀想だな。よし、一緒にいてやるか。


 そう思ってのことだろう。


「ま、おれ、そんなお前、嫌いじゃないけどな」


 言って、松本は去って行った。


「・・・・・・」


 こんな時、嬉しいとか照れくさいとか思うのが普通なんだろうが、ぼくに関して言うと、そうじゃなかった。


 具体的に言うと、その感情を想像することは出来るが、抱くことはないのだ。


 小さい時からそうだった。


 飼っていた犬が死んだ時、母親は泣いていたのに、ぼくはちっとも悲しくなかった。


 だけど両親は、涙の一滴も出ないぼくを「強がってる」と言って、すごく慰めてくれた。


 そこで申し訳ないと思う訳でもなくて。


 幼かったぼくはその件で学んだのは「命には限りがある」ということだけだった。


 小学生の時には、軽いいじめを受けた。


 それも「ああ、これがいじめか」と思うだけで、数日は机の上に花を飾られたり、上履きに虫の死骸を入れられたりしたけれど、ぼくが何の反応も示さないのが、面白くなかったのだろう。


 やがて何事もなかったかのように終わった。


 悲しいことやつらいこと(ぼくには分からないので一般的にそうだとされていること、と付け加えておく)に限らず、絵のコンクールに入賞した時、テストで良い成績を取った時、他人に褒めてもらえた時なども、それぞれが「嬉しい、喜ぶべき出来事」だと認識するだけで、感情が動くということは、なかった。


 だから先程、上野たちが言っていたという「ロボットみたい」という発言には、首肯せざるを得ない。


 誰よりもぼくが自分のことをそう思っているのだから。




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