塩の惑星

あきちか

みんなの勇気

 もう少しで夏休みだ。

 そう思うとなおさら学校が嫌になる。しかも、こんな日に限って雲一つなく、空が青く透き通ってにくったらしい。


「早く夏休みになれ!」

 ぼくは、ため息まじりに、つぶやいた。


「大輝くん、おはよう!」

 後ろから不意に声をかけられた。


「あ、花織ちゃん」

 心臓がドキッとして、頬が熱くなる。


「夏休みまで、あと少しね」

 花織ちゃんがクスリと笑う。

 

 つぶやきは、しっかりと、ききとられていた。

 五年生になって、初めて同じクラスになった吉野花織ちゃん。まる顔に、パッチリした大きな瞳。三つ編みの長い髪に青いリボン、ピンクの花がらワンピースがとてもにあっている。


「急ぎましょう」

 花織ちゃんが、ぼくの腕を掴んだ。


「う、うん」

 ぼくは、気のない返事をする。


「遅刻するわよ」

 花織ちゃんは、大きな目でぼくの顔をのぞきこむ。


「お腹がちょっとチクチクして」

 ぼくは、お腹に手をあてて背中をまるめた。


「だいじょうぶ?」

 花織ちゃんが心配そうに、ぼくの背中にそっと手をあてる。


「きのう、チョコアイスを食べすぎたせいかも」

 ぼくは嘘をついた。本当は嫌いな堀川先生の顔を思い浮かべると、お腹が痛むのだ。


「無理しないほうがいいわ」

 花織ちゃんがぼくの腕をギュッと掴む。


「だいじょうぶ!」

 ぼくは嘘をついた後ろめたさと、照れくささから、急にかけだした。


「待って!」

 花織ちゃんが急いで追いかけてくる。


 小学校が近づく。校門のプレートが見えてきた。横断歩道の近くで先生や当番のお母さんたちが、黄色い旗を振りながら生徒たちを忙しなく誘導していた。

 

 ぼくたちは急いで校門をくぐり、五年三組の教室にかけ込んだ。

 先生はまだ来ていない。ぎりぎりセーフだった。

 

 朝の会が終わり、堀川先生の算数の授業がはじまった。

 分数の足し算、引き算、通分……頭がクラクラする。

 不意に、後ろの席の田代くんが、ぼくの背中を鉛筆の芯で突っついた。


「痛っ」

 振り返って田代くんをじろりとみる。意地の悪い笑みがかえってくる。

 田代くんの魂胆は見え見えだった。声を上げれば、必ず堀川先生がぼくを叱るとわかっていたから。


「大輝、私語をするな! 廊下に立ってろ!」

 やっぱり先生は、ぼくを頭ごなしに怒鳴る。あんまりだ。

 

ぼくが席を立つと、田代くんが教室中にひびくような声で「アホ大輝! ははっ」とあざ笑った。みんなにも堀川先生にも聞こえているはずだ。だけど先生は、案の定、聞こえないふりをして、注意しない。


「先生! いま、田代くんが大声で笑いました。みんなにも聞こえました。先生にも聞こえたはずです。先生はどうして田代くんを叱らないんですか!」

 花織ちゃんが、勢いよく立ち上がった。


「おい、吉野、余計なこというなよ」

 田代くんが、頬を引きつらせ、いいかえした。


「田代くん、大久保くん、小林くんは、いつも先生の授業中に私語してます。どうして先生は大輝くんだけ叱るんですか? そんなのおかしいと思います」

 転校生の青井ちゃんも、ぼくをかばってくれた。

 教室が大きくざわめいた。


「でたらめいうな!」

 大久保くんが顔を真っ赤にして立ち上がった。


「青井! 東京から来たからってきどるなよ」

 小林くんが両手でバンと机を叩く。


 ふたりとも、田代くんの悪ガキ仲間だ。

 クラス中が騒然となる。 


「吉野、席に着け。大久保、おまえも座れ」


「先生、大輝くんをいじめないでください!」

 花織ちゃんが声を張りあげた。


「ぼくも、先生がしていることは、いじめだと思います!」

 滋くんも立ち上がって、先生に抗議した。


「い、いじめ……」

 先生の顔がみるみる硬直し、唇がわなわなと震えた。

 

 みんなの視線が先生に注がれ、クラスがシンと静まりかえる。


「──」

 先生は口をポカンとあけ、棒のように突っ立ったまま目を白黒させた。


「わ、わかった。すまなかった。わたしに配慮が足りなかった」

 クラスにどよめきがひろがる。


「みんな席に着け。静かにしなさい。授業を続ける」

 先生は逃げるように教壇に戻り、おどおどしながら教室を見回した。

 

 ぼくも花織ちゃんも、青井ちゃんも滋くんも、みんな席に着いた。

 田代くんたちは、ふきげんそうに口をひきむすび、ぼくらをキッとにらんだ。

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