エロ本を買おうとしたら、店員が学年一のクール美人だった件

かきつばた

第一章 最悪のボーイミーツガール

第1話 勇者浩介、死す

 まだ雪残る四月、その平日。時刻は午後二時を過ぎた頃。普通だったら、高校生が自由に遊べる時間帯ではない。しかし、俺は絶賛、友達と青春を満喫していた。

 そのカラクリは至極単純だ。今日は春休み――その最終日。明日から、新学期が始まる。無事に進級できたため、去年に引き続いて入学式に出る必要はない。


「ほ、本当にやるのか?」

「なんだよ、ここまで来てできないって言うつもりか?」

「そりゃないぜ、浩介こうすけ麻雀マージャンで負けたのはほかならぬお前さんだ」

「ほら、早くしてよ。僕たちここで待っててやるからさ!」


 穏やかな春の昼下がり。四人の男子高校生は、住宅街の一角にある小さめなチェーンの書店の入口近くでたむろしていた。無論、周囲の人間に対する配慮は抜かりない。ちゃんと邪魔にならないようなところで、静かに揉めていますとも。

 

 これから、俺が何を行わなければならないのか。そのことを思うと、俺は途端に憂鬱になる。ほんの数分前まではみんなで楽しくジャラジャラやってたはずなのに。イーピンをずっと大切にしておけばよかった。


「誰だ、罰ゲームなんか考えた奴は」

「……それなんてブーメラン?」


 そうなのだ。負けたのが俺であれば、それについてペナルティを課そうと言い出したのも俺。さて、その内容はと言えば――


「エロ本買うのが無理なら、告白でもいいぜ?」

「同意。どちらにせよ、楽しめるからな」

「ということで、帰りましょうか。ターグチさん、カシウラさん」

「待て待て。どこぞの宇宙最強の地上げ屋みたいな言い方はやめろ。確かに芹沢せりざわって――いや、やめよう。……わかった。やります、やらせていただきます。ここで逃げたら男が廃るってもんだ!」


 一人息巻く俺に、ぱちぱちと乾いた拍手を送ってくれる愛すべき友人たち。表情もとても白けている。こいつら、後で覚えておけよ。


 最後にあいつらをきつく一睨みし、俺は意気揚々、ルンルン気分で店内に侵入することに。ここまで来たら、もう変なテンションで乗り切るしかない。

 ミッションスタートだ! ズンドコズンドコズンドコ――頭の中に適当なBGMを流しておく。これで無線機とかでもあれば、もっと雰囲気が出るのにな……。


 入店早々、俺はさっと左右に視線を這わせた。左手にはレジカウンター。よし、男の店員がいる。第一関門突破、オーバー?

 次は、客のチェックだ、それくらいわかるだろ! 頭の中で軍曹が叫ぶ。そのまま店内を進み、一番近くにある本棚へ。そこに陳列されてる本を眺めながら、周囲に目を向ける。人の姿はまばら。やはり目につくのは女性の姿。主婦、学生、子ども。ふむふむ、年齢層は多彩みたいです。

 

 おっと、あまり周りを気にしてはいけないな。挙動不審だったら、それだけでアウト。よく言うじゃないか、堂々としていた方がかえってバレないって。警察のふりして聞き込みしてきた奴が殺人犯でした、なんてよくある話。

 

 とにかく、一度困惑した表情を作ってから再び歩き出す。おさむ曰く、入口から右奥の一角がそのエロ本売り場……所謂アダルトコーナーというやつらしい。さすがご近所、よく来るから店内のことはわかっている、ということか。しかしあいつ、意外とむっつりなのな。

 一心不乱に、目的の場所――男の聖地を目指す。曰く、年頃の男はエロのことしか頭にないとか。いやいや、そんなことないと思うけれど。

 

 最奥の棚まで来たところ、その通路の入口で一度立ち止まった。平積みにされてる本を見るふりして、奥の様子をそっと窺う。人気は全くない。代わりに、ピンクピンクしい雰囲気がひたすらに伝わってくる。

 あそこが、楽園の地エデン……! そう思うと、ひしひしと胸の奥から活力が湧いてくる。あと少し、あと少しで、俺の願いは叶うのだ――


 おっと慎重になれ、俺。終わり良ければ総て良し。画竜点睛を欠く。つまりは、この仕上げこそ肝心。急いては事を仕損じる。神は細部に宿る。難しい言葉を思い浮かべながら、平常心で一歩ずつ近づいていく。


 再び、その手前で足を止める。途端に乾いていく口の中、腹の奥底が落ち着かない。そして、ジワリと汗が滲み出ているの感じる。さすがに緊張してきた。

 怖気づくな、浩介。ここに来てそれは悪手だ。心頭滅却すればなんとやら。煩悩を捨て去れ。ただ目の前の現実にのみ集中すべし。


 覚悟を決めて一歩を踏み出す。この一歩は小さいが、なんとやら。人類おれは今、とてつもなく大きな進歩を遂げようとしているんだ!


「うわー、なにあれ。あの人、こんな昼間っから」

「や、止めなよ、みく~。聞こえちゃうよ~」


 どこからか声がした。しかも若い女性らしき。……が、それは悪魔のささやきだ。せっかくの俺の決意を踏み躙るような最低な言葉。耳を傾けてはいけない。負けるな、浩介。頑張れ、浩介。おれたちが求めてやまない答えが、そこにある――!


 本棚に並ぶは、男の夢の数々。そのどれもが俺にはあまりにも過激すぎた。余りのまぶしさに目が眩みそうになる。早いところ、一冊手に取ってここを去らないと、俺の身が持たない。


「二次元は止めろよ」と言ったのは、現実思考のイケメン友成ともなり。要望はおっぱいが目立つやつとのこと。彼女が貧乳だとよく愚痴っているあいつらしい。俺らからすれば、彼女がいるだけでギルティなのに。

 対して、周五郎しゅうごろうは「三次は大惨事」とかわけわかんないこと言ってたが。彼は日頃から、二次元に生きるそんな夢見るロマンチストだから、それは今さら感しかない。


 だが、物色してる時間はない。先ほど、変な女たちの声がしたばかりじゃあないか。ここで時間をかけること、それはイコール死に繋がる。もちろん、社会的な。

 さっと本棚に目を通す。とりあえず、一番エロティックなのを手に取った。三次元のもの……すまない、周五郎。君の夢は君が叶えてくれ……。そして願わくは、そんな不甲斐ない友を許したまへ。

 

 そのまま歩き出す――くそっ、右手が重い。かつてないほどに。まるで鉛でも持っているんじゃないかってほどに。急がなくてはいけない。目的のブツを手にした今、俺はもう渇望感でいっぱいだ。早くこの戦火を友人たちに見せびらかしたい。それでも回り道は忘れない。身体で本の表紙を隠しながら早足で進む。


 だが、レジまで来たところ――


「ありがとうございました」

 不愛想な女の声が聞こえてきた。


 おいおいおいおい、なんてこったい、マイマザー! レジにいるのは、女じゃないか。しかも若いね、あれは。どうして、こんなところに女子どもが……。ここは男たちの戦場じゃあなかったのかい!

 見渡してみても、さっき確認したおっさんはいない。奴はこの土壇場で裏切った、ということか。常に味方の中に敵はいる――深い言葉だ。

 


 しかし、何人たりとも俺の行方を阻むことはできない。エロ本という超巨大エネルギーを得た今、俺はただの暴走機関車と化した。一人でに止まることはない。線路の果てまで進み続ける。例えその先に、地獄の入口しかなくとも――

 

 きっちりと視線を上げて、胸を張って俺はレジに近づく。客が並んでないのは幸いだ。俺はすっと、その髪の長い女性の前へ。そして爽やかな仕草でブツをカウンターに置いた。ここでもやはり威風堂々、余裕綽々。いい男はこんなところで狼狽えないものさ。


 しかし――


「……あのキミ、高校生ですよね?」


 その女は本の表紙と俺の顔を見比べた後、無表情で死刑宣告を下した――

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