Shooting star

紬木楓奏

第一話 僕の好きな君

 物心ついたときから音楽がそばにいた。引っ込み思案の僕が、感情を伝える際に、いつも寄り添ってくれたのは音楽だった。大好きな歌手の歌を聴きながら、退屈な試験勉強に勤しんだり、孤独に苛まれたときに明日に希望を持たせてくれたり。日々の生活の中で、音楽を感じてきた僕は、当たり前かのようにシンガーソングライターを目指すようになっていた。


「そっちはどう?星ノ華ほのかちゃん」

『たかだか数年で、村は変わらないよ。すばるはどう?東京』


 高屋たかや昴。職業・御茶ノ水の楽器店店員。シンガーソングライターを目指し、中学卒業後東京の芸術高校に進学。大学進学はせず、夜な夜な路上ライブをしている、が。


「何件か、いい話はあるよ。レベル低いから断っているだけ」


 スカウトどころか、路上で足を止めてくれる人数なんて両の手で足りるほど。村に残した親からの仕送りで食いつないでいる、にわかシンガー。そして――


『本当?煌也こうやに聞くよ?』


 他県の大学に通う一歳年上の従兄の彼女に恋をする、年頃の男の子である。


「ヤメテクダサイ」




 従兄の高屋煌也が、村長の愛娘である坂本星ノ華と付き合っていると知ったとき、一気に世界がモノクロになった怪奇現象のような感覚は、村を離れて数年たった今でも鮮明に覚えている。

 煌也兄ちゃんは、何でもできる村のヒーローだった。村の数少ない子供たちのリーダーであったせいか、高圧的な物言いこそあったが、大人たちの期待を一身に受けていた。そのヒーローの彼女になった星ノ華ちゃんは、村中から愛された大人しめの美少女で、にこりと微笑むだけでくらくらしてしまうほど魅力的な女性である。二人は、引っ込み

思案の僕が入り込める隙間など見当たらないほど仲が良い。

 だけど――

 煌也兄ちゃんは他県の高校進学を志望し、星ノ華ちゃんは家業の花屋を継ぐために村に残った。高屋煌也が村にいない空虚で貴重な一年間を、僕は坂本星ノ華と共に埋めていた。



                ◇◆◇



 夜行性の閑古鳥は、今日も元気に鳴いた。ギターケースは蹴られたり、投げられたのは紙くずだったり。これでも高校は首席で卒業しているのに、何が足りないのだろう。コネはないし、あっても使いたくないから、実力で昇りつめる。信念は明るいのに現実は闇の中。一体いつまで続くのだろうか。

 変形したギターケースを片手に、夜の空を仰ぎ見た。東京でも冬は空気が澄んでいて、晴れていれば星がきれいに見える。勿論、生まれ育った村にはかなわないけれど。

 そんなことを考え、時計を見たら午後十一時を過ぎていた。もうすぐ、彼女から電話がくる。弟のようにかわいがってくれる彼女は、僕の両親に世話係を頼まれていて、毎夜十一時半に電話をくれるのだ。両親の粋な計らいが、逆に心を締め付ける。村に帰れば、彼女に会える。しかし、錦を飾るというちっぽけなプライドがそれを許さない。


『ハロー』

「夜だよ、星ノ華ちゃん」

『いつものことでしょう。昴はそういうとこ、真面目だよね』


 クスクス笑う彼女の声が鼓膜を振動させる。それが脳を刺激したのか、懐かしい思い出が一気にあふれた。

 村にいたころ、僕と煌也兄ちゃんと星ノ華ちゃんはいつも一緒だった。冬になったら毎日のように家を抜け出して、天体観測をしていた。空は繋がっている。物理的距離が発生しただけで、こんなにも星の見え方が変わる――上京したての頃は、そんなことを考えるくらい青かった。


「ねえ、覚えてる?」

『ん?』

「昔は、三人でよく星を見たよね」

『そうだね。わたしと、昴と煌也。昴は煌也が怖くていつも泣いて』

「綺麗な空だった。星座がさ、綺麗に見えた」

『昴?』

「すぐ手が悴んで、星ノ華ちゃんは愚図るし」

『あ、二人で彗星も見たね』

「煌也兄ちゃんが、高校進学した時だね」

 覚えてるかな。

『そうそう。あいつ他県に行っちゃってね。懐かしい』

 思いだして、星ノ華ちゃん。


 僕の心が、人生でいちばん熱を帯びたあの過去ときを。

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