007●第1章●東京、時の彼方へ…2024年6月16日(日)昼④:こよみ
007●第1章●東京、時の彼方へ…2024年6月16日(日)昼④:こよみ
と、恐竜のゼリー状のボディに、少女たちが放つ機関銃弾が吸い込まれるように命中する。光の弾丸が虹色の泡となってぱりぱりと炸裂すると、恐竜の肉と骨が砕けて飛び散る。しかしその威力は小さく、致命傷にはほど遠い。
……こんな、デカブツ相手に機関銃で勝負? 無理っぽいよ。
どこか呑気に、そんなことを考える久に目もくれず、必死の形相で発砲を続ける少女たち。
ノの字形の弾倉はすぐ空になった。腰に提げていた予備弾倉に付け替える少女の頬はたちまち硝煙に汚れ、白い服は土埃にまみれて、褐色のまだら模様に染まる。
アイドルの演技だと思っていたけれど、まるで芝居離れしたシリアスさ。
久は考えた。テロ説は撤回だ。信じられないけれど、これは本物の戦闘。
ということは、怪獣と人類のリアルバトル!?
ならば、ここはゲームの異世界なのか? オレって転生した勇者?
推論に、てんで脈絡がなくなってきた。
機関銃弾が百発ほども命中して、ようやく恐竜の左腕がちぎれ、地面に落ちる。半透明の肉が裂け、地面に落ちて跳ねる。潰れた寒天のようなそれは、コラーゲンたっぷりかな……と久が思う矢先、骨格恐竜はねばつく舌をべろりと出し、猛り狂ってまたも
追い詰められた彼女たちの表情は、テレビのフレームから飛び出しそうなほど“はっちゃけて”元気満々で戦うアニメヒロインではない。もともと戦うことが好きでなさそうな、飾り気のない、素朴で、どことなく“チャラくないけどチープでもない”範疇の女の子。でも、どことなく奇妙に“ダサい”雰囲気もある。
骨格恐竜は、ずしん、と地響きを立てて進む。その正面は美術館の鉄柵が途切れて、チケットを販売するプレハブ小屋を付設した出入口になっている。
ここは国立西欧美術館の西門に違いない。となれば、恐竜は美術館の前庭へ攻め込もうとしており、機関銃の少女たちは、恐竜の進撃をここで食い止めているのだ。
弾切れになった少女たちの何人かが、咄嗟に銃口を下げて片手を骨格恐竜に向けると、唇をかみしめて念じ、久の脳裏に響く心の声で「制動!」と叫んだ。
骨格恐竜の動きが突然、コマ送りのようにぎくしゃくとして、のろまになる。
えっ?……と、久は怪訝な顔をした。
まるで、少女たちが心身に秘めた魔法的なパワーを放射して、暴れ回る恐竜に不可視の
まさか……
不思議だけど、そう感じる。ならば機関銃で武装した戦闘少女たちは、常人を超えた超能力を備えているのだろうか? しかし骨格恐竜は半透明の筋肉に力を込めて、めりめりと音を立てて超能力の呪縛を壊し始める。総合力では、明らかに少女たちの方が押されている。
「敵の種別は“
そう叫んで、柵の中から西門の前に飛び出してきた少女を見て、久は息を呑んだ。
写真の少女だ。白いベレー、白いセーラー服、白いスラックスなど、他の女の子と同じ姿で、胸ポケットの上に、小さな布切れの名札が縫い付けてあった。
素人目にも上手とはいえない字体で“
東風こよみ。
あの
久はみぞおちに緊張を感じた。スマホの写真、あの少女、本人だ。
声をかけようか、と一瞬思ったが、それどころではない状況だ。
「お姉さま!」と、銃撃していた少女が“級長”の東風こよみに指示を求める。
「“制動”しつつ、いったん後退、柵の中へ!」
鶴の一声でそう命じた東風こよみは、後退する少女たちと共に柵の内側へ跳び戻ると、“クンナジ”と呼んだ武器を運んできた。
それは彼女を含めて四人がかりの作業だった。“クンナジ”から蜘蛛の脚のように四方へ突き出した運搬用アームを持ち上げて走る。百科事典並みに分厚い予備弾倉も何個か担いでいるので、いかにも重労働だ。
美術館の柵越しに久が見たクンナジの正体……それは、全長二メートルを超す対戦車ライフルだった。
久はそれが何か知っていた。ネットの野戦ゲームで選択した旧日本陸軍の落下傘降下兵の部隊が装備していた、最強の兵器。
九七式自動砲。当時の陸軍が第二次大戦の直前、一九三〇年代の終わりごろに実戦配備した対戦車ライフルで、口径は二十ミリだ。
といっても、ネットのメタ空間に作られた戦場で扱った経験しかなく、実物といえばモデルガンすら触ったことのない久にとって、その“本物感”は圧倒的だった。
冷や汗が湧くほどに、立派な“大砲”に見える。
九七式自動砲の有効射程は五百メートルとされ、実用弾頭の徹甲弾を使えば、厚みが三十ミリの鋼鉄の装甲板を射抜く力がある。問題は砲の本体だけで自重が六十キロもあることだ。一人で持ち上げて構えるのは困難なので、三本の金属脚で平坦な場所に据え付けて操作することになる。しかし骨格恐竜は道向こうの木立を踏み倒すまでに接近しており、砲口を上向けねばならない。
東風こよみは鉄柵を利用した。柵の隙間から砲身を突き出し、X字に交差する鉄棒に砲の運搬アームを引っ掛けて仰角をかける。そのアームを全力で押さえつけ、首をすくめて衝撃に備える。
同時に、射手を引き受けた少女が銃床にあたる
やばっ! と身を縮めてゴミ箱につかまった久の目前で……
バン! と発砲の轟音、同時に熱風と衝撃波が痛いほど顔を叩く。
砲口から発射されたのは金属の徹甲弾ではなく、これも光の弾丸だった。
ただしそれは、マイナスの性質を持つ光弾だった。きらきらと輝く火花の衣にくるまれた“闇”がその正体だ。骨格恐竜の胸に命中する。そこに球形の暗黒がぽかっと広がったとたん、中心に向けて、バチン! と収縮した。
しかし……
からん、と円筒形の携帯ボトルに似た空薬莢が硝煙を引いて排出されると同時に、射手の少女がくぐもった
発射の衝撃が銃身から床尾へダイレクトに伝わり、少女の肩を脱臼させたのだ。
「
その声に重ねて、「代わります!」と射手の位置につく別の少女。
「お願い!」と、こよみが答えた刹那、二発目の二十ミリ
第二射は急ぐ必要があった。上半身を失った骨格恐竜が、残された腹と足と尻尾で地団太を踏むと、反対の方角へ歩き出そうとしていたからだ。周囲には土埃が煙のように舞って視界不良だったが、恐竜が進もうとする方角には、事態を見物している野次馬らしき人影が十人二十人と見えていたのだ。
第二射も見事に命中した。骨格恐竜の腹と足が消滅、長さ二十メートルもの巨大な尻尾だけが、生きたまま切られたタコの足のようにくねくねと、のたうちまわる。
しかし戦果の代償は、肩を脱臼してうめき、痛みに涙ぐむ二人目の少女だった。
それでも「次、やります!」と三人目の少女が志願して床尾を肩に当て、撃発機を握る。
間髪を入れず第三射。
地面に跳ねていた尻尾もきれいに消滅した。命中するたびに木々の向こうから野次馬の拍手と声援が聴こえる。が、三人目の少女も顔を苦しく歪め、肩を押さえてくずおれる。
その身体を、背後の砂塵をついて現れた二人のセーラー服少女が抱きとめる。一人はほっそりと痩せ気味で、身の軽そうな少女、もう一人は反対に背が高く大柄で、なぜか黒いレンズの丸縁眼鏡をかけている。二人は一組で行動しているようだ。
二人とも他の少女と同じ服装だが、防水ビニールの特殊な医療品ザックを背中に負い、同じく防水のバッグも肩にかけていて、いずれも白地で、赤枠の太い×印の下に赤い下線を引いたマークがついている。
見ると、セーラー服の肩口やベレー帽にも、赤枠の×印がアップリケで追加されている。
「
「後送して治療!」と、こよみが命じる。
「はい、お姉さま!」
と返答した
この短いやりとりの間も、他の少女たちがウサギのように跳ぶ足取りで応援に駆け付けてきた。対戦車ライフルの
白いセーラー服の戦闘少女は二十人ばかりのチームであり、一団となって行動していることが見て取れた。級長である東風こよみは“お姉さま”と呼ばれて、ここにいるチームのリーダーらしい。
そして今、敵を倒して一息ついたところだ。
逃げるなら今! なのだが、つい先ほどまで、逃げなきゃいけない……と切羽詰まっていた久は、両足が小刻みに震えながらも、その場に固まっていた。
一発の命中弾と引き換えに、一人の少女が傷ついて倒れる。
勝つための交換条件。
少女たちがクンナジと呼ぶ怪物的なこの大砲…九七式自動砲…を扱うのは、屈強な男性でも手に余るだろう。
それを、不自然に砲身を上向けて発射するのだから、なおさら肩にかかる重量と反動が大きい。小柄な体格の彼女たちでは、そもそも体力的に無理があると思われる。
それでも冷徹に味方の犠牲を計算して、戦場の方程式を実行する東風こよみに、久は凍り付くような戦慄を覚えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます