血の意味(6)

「でも……、それでも! これは違います! 王制府の施政を巡って国民同士が相争うなど有ってはならないのです!」

 王子エムストリは語気を強めた。

「我が国アルミナは王国。国民の皆の意見として世論に配慮することもあります。ですが施政を司っているのは王制府であり国民は主権を持ちません。事態の責を負うべきは王制府であって、政治思想の違いを持つ個々ではないのです」

 間違いを質すようにカメラへと指を突き付けた。

「国民が傷付け合うのなど無意味です!」

 彼は言い切った。


 それは驕りと思われるかもしれない。それでも現実を突き付けなくてはならないと感じていた。これは命じられることに慣れ、責任を放棄した代償なのだと。

 それが原因での争いなど本当に無意味だと思う。以前であれば何ら不審に感じなかっただろうことに憤りを覚える。多くを知った今、愚行以外には感じられなくなっていた。


ゼフォーン解放軍XFiが戦っているのはアルミナ王制府です。アルミナ国民ではないのです。その証拠に彼らが市民に武器を向けたことがありますか? 偶発的な状況を除き、僕の知っている限り無いはずです」

 リューンたちの真意を訴える。

「革新派の善心は尊いものだと思います。自らの良心に従い行動する。それは素晴らしいと僕も思っています。でも、それを向ける相手を間違ってはいけない。彼らの戦いを奪ってはいけない。王国民として自国の行いの責を感じるというのなら、ゼフォーンの人々に向けてください。償いたいという気持ちを伝えてあげてください」

 両手を差し出し気持ちを表すジェスチャーを交える。

「彼らは自らの尊厳、人権や自由、未来を勝ち得るために命を賭して頑張っています。その戦いを静かに見守ってください。その姿から自らの将来を自らで掴もうとする姿勢を学んでほしい。ぼくはそう思っています」


 王子という立場で言ってはいけない言葉かもしれなかった。それでも心からそう思っているからこそ衝動的に言ってしまっていた。エムストリは気持ちを改めるように口を引き結ぶ。


「ただし、国民の中には本意とは別に当事者となってしまっている者もいます。軍人がそれに当たります」

 難しい問題だけに眉根が少し歪んでしまう。

「命じられれば戦わなくてはならない立場です。一番命の危険に面している者達です」

 下唇を噛んで目を上げる。

「あなた方が戦うのは国民の人命、財産及び国土を守るためであるべきだと僕は考えています。国権を死守すべく戦わねばならないと思っているのなら止めることはできません。でも、そうでないのなら武器を放棄しても構いません」

 一句も間違えないように告げる。


 あまりに大胆過ぎる考えに、街頭の人々がざわついている様子がニュース映像として流れている。それも当然だろう。国権の維持を最も重視するはずの人間が発した言葉だ。中には呆れている者もいるかもしれない。


「この戦争に意味を感じないのであれば、家族の方は諫めてください。戦闘を放棄した者をXFiゼフィは撃ちません」

 ダイナに了解を得ていた。

「そして指揮する立場の者に命じます。武器を手放した兵を咎めてはなりません。彼らは良心に従ったのです。あなたも心の内に問い掛けてみてください」

 胸の中心を指差しつつ促す。

「王制府は戦闘を命じるでしょう。戦闘放棄する者を罰するよう命じるでしょう。だから、ぼくは父王に問います。国民を守る義務を負うあなたが、体制を維持したいがためだけに市民を罰するのかと!」

 両の拳を振り上げて訴える。

「それだけは有ってはならない! 人々を救いたいがために身を粉にして働いた初代王トマソン・アルミナの子孫として!」

 熱い思いを言葉にしてほとばしらせる。

「もしもそんな事態が起きたなら父王を糾弾する! その間違いを正してみせる! それがこの身に宿りし王族の血の意味なのだから!」

 王子は荒い呼吸のまま反応を窺う。


 歓声が爆発した。エムストリの思いを受け止めて喜びを表してくれる市民の声と表情が映像に並んでいる。

 全てがではない。中には国防を第一に考えなくてはならない立場の王族の言葉ではないと失望した顔も見える。歓声の中には罵声も混じっているだろうし、2D投映パネルの前から踵を返して立ち去る人々は、彼の思いに不支持を訴えていると見做すべきだろう。


(でも後悔なんてしない。これが今ぼくが考えうる一番正しい王族の姿なんだから)

 やり切った王子は目を瞑って上向き、熱い息を吐き出した。


「エムストリ殿下、ありがとう!」

 映像から入ってきたその声が耳を打つ。

「エムストリ様、万歳! 殿下こそ本当の王族だ!」

「あなたならば付いていける! 馬鹿な俺たちを叱ってください!」

「感動しました! 殿下、素敵です!」


 そんな言葉の数々が爆音となって押し寄せてきていた。中継のウェアラブルカメラを着けた記者に食い付くように縋って大音声を張り上げる者もいる。


(一生懸命考えて結論を出せば、こんなにも多くの市民がぼくを支持してくれる。讃えてくれる。こんなに嬉しいことはない)

 感動にあふれそうになる涙を懸命に抑えた。弱々しい姿を見せたくはない。ただ、自然と腰が折れて深く頭を下げていた。感謝の姿勢を恥じる気持ちはない。


 彼の演説を機に、市民運動は収束へと向かったのだった。

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