惑乱のアルミナ(11)

 ゼビアルの小柄な機体を活かしてビルの間を縫って飛ぶ。初期から戦闘に直面していた西側は避難も終えて閑散としていたが、深く侵入すれば混乱の様子が窺えた。

 ターナミストの散布で携帯端末は使用不能。乏しい情報の中で市民は逃げ惑う先にも困っているように思える。


(出鱈目もいいとこだぜ)

 敵艦隊の指揮官の意図は理解できても、暴挙だとしか思えない。

(隠れてたって各個撃破の的にしかならねえって思い知らせてやんぞ)

 誘爆させないよう、四肢やコクピットを狙って戦闘不能にしていく。


 アルミナ軍機は彼らとは違う。解放運動が主だったXFiゼフィは、治安機関のアームドスキンを沈黙させるために当たり前に都市内部へと侵入していた。

 だが普通の軍のパイロットは住民のいる都市での戦闘などおざなりの訓練程度しか受けていない。不慣れな場所での戦闘に手足が縮こまっている者がほとんどだ。


「墜ちろ、剣王!」

 中には何も考えていない馬鹿もいる。

「街中でバルカン撃ちまくってんじゃねえよ!」

「我々は国民全てを守るために戦っている。多少の犠牲は我慢してもらう!」

「ほざくな! この戦闘動画が明日には他の国まで出回ってんぞ。それで困るのはてめぇらだぜぇ!」


 懐に入り込んでバルカンを握る腕ごと刎ね飛ばす。と同時にフォトンブレードの小剣で操縦殻コクピットシェルから背中まで貫いていた。


「おいおい」

 敵アームドスキンを蹴り倒して開けた視界には、肩に三本の金線をあしらったローディカが立っている。

「何してやがる、おっさん!」

「ここは戦場だ。相まみえても不思議ではあるまい」

「あんたみたいなのが、こんな戦闘に加担してるのかって言ってんだよ」


 相手はガラント・ジームである。信念の男とも思っていた壮年のパイロットが姑息な作戦に参加しているとは思ってもいなかったのだ。むしろ制止する側であると思えたにもかかわらず。


「これ以上やらせるわけにはいかん。私にも守らねばならないものがある」

 これまでと違う雰囲気が声にこもっている。

「分からねえな。あんたが守るべきはそこら辺で逃げ回ってる奴らじゃねえのかよ」

「……それだけではない」


 口ではどう言っても足運びは慎重だ。油断ならざる敵手にリューンも足を止めて様子を窺う。

 光輝を刻むビームブレードを左の小剣で弾き、右の大剣で連続突きを放つ。それをジェットシールドでいなしたガラントは左手にもビームブレードを握らせた。


(本気か)

 広めの通りとはいえ両手でブレードを振れば建造物へも当たってしまう。それでも構わないという覚悟が感じられた。

(負けが込んで追い込まれたか? いや、そんなことで曲がるタイプじゃねえぞ)

 少年は彼をそう見込んでいる。


「刺し違えてでも止めさせてもらう」

「くだらねえ考えだ」


 右下から跳ね上げた左の小剣を右で受けたガラント。リューンは擦り上げつつ踏み込もうとする。ビルの壁面を削りながら迫るビームブレードに、右のフォトンブレードをかざして弾いた。

 低く入るゼビアルにガラントのローディカは膝を突き上げる。左の柄尻を叩きつけて止め、振り上げた大剣を脳天に落とす。それはブレードを交差して受けられた。衝撃とともに周囲を火花が彩る。


(らしくねえ強引な攻めだな。おっさんなら一度退いて立て直しそうなところを)

 そもそも単機で対応しようというのが妙に感じる。

(なんだ?)

 コクピット内に接近警報が響いた。


 逃げ去る民間人の流れに逆らうように一台の車輛が急接近してくる。普通車だが、かなりごつい印象を与える高出力車輛だ。


「は!?」

 あろうことか二機の足元まで入って急停車すると女が一人駆け下り両手を広げた。

「やめて、剣王! この人を殺さないで!」

「何だってんだ?」

「シャレード!」

 外部スピーカーからの音声が交錯する。


 年齢の読めない美しい女だ。だが、反応からしてガラントの関係者だろう。車の中には女の子が二人いて、ウインドウを叩きながら泣いている。


(若そうに見えるが、おっさんの嫁か)


「逃げなさい、シャレード! ここは君の来ていい場所ではない!」

「嫌よ! あなた、死ぬ気なんでしょう!」


 それで何となく読めた。ガラントのおかしな様子を見て、彼女は女の勘で覚悟を見抜いたのだろう。それでここまで駆け付けたのだ。


「わたしたちを置いていかないで!」

「そうもいかん。ここで剣王を止めねば君たちが……」

「あなた無しでどうやって生きて行けっていうの?」

 彼女は訴え続ける。

「なるほどな。四家の馬鹿どもか。家族を盾に俺を墜とせって脅されたか?」

「お前には関係ない」

「がっつり絡んでんじゃねえか。あんた、自分の女泣かしてまで守るもんがあるのかよ」

 胸元に大剣を突き付けた。悲鳴を上げる女に「黙ってろ」と告げる。

「答えろ、ガラント!」

「あるに決まってる! 殿下の居場所もそうだ! 妻も子供たちも暮らす場所もこの国も! 私は何もかも守りたいのだ!」

「それで命を投げ出すってのか? そいつはあんたのを超えてるからだろうがよ!」

 手首をひるがえしてローディカの頭部を刎ねた。


 路面に落ちた頭部が起こす振動にシャレードは震えるも気丈にリューンを睨んでくる。彼は左の小剣を格納して車を指差した。


「本当に守らなきゃなんねえのはこれだけじゃねえのか!」

「ぐぅ……」

 反論できないようだ。

「引き摺りだされたくねえなら降りろ。車に乗れ」

「何を……」

「トルメアに口を利いてやる。ゼフォーンの田舎で野菜でも育てながら暮らせ。どうせ王制府のクズどもは俺が潰す」

 

 観念したように両腕が下がる。ローディカのハッチが静かに開いた。

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