惑乱のアルミナ(9)

「でも国際社会はあなたを放っておいてはくれないわよ、リューン。事実、アルミナの世論を二分して混乱に陥れるほどの影響力を持っている」

 少年の理屈の問題点を指摘する。

「あなたの言う喧嘩・・では済まないのよ。戦争っていうのは大人の思惑が複雑に絡み合っているんだもの」

「そいつは認める。だがよ、そんなもんにかかずらっていたら終わるもんも終わらなくなんだろ?」

「だから大人はそれで簡単に白黒つけられると知っていてもなかなか戦争には至らないのよ。色々と理由を付けてね」


 リューンは首掛けコンソールのケーブルを機体から抜くとメアリーに振り返る。装甲に背を預けると彼女と初めて正対した。

 粗野な口調、険のある目元が先に立つ。しかし、整った顔立ちはライナックの血筋を感じさせるものだった。ただし今は口元に皮肉な笑みがはかれている。


「そうしてんのは大人だろ? そんなに難しいもんか?」

 薄茶の瞳に貫かれると質問する側だと忘れそうになる。

「あなたはこれから学ぶことになるわ、きっと」

「たぶん俺は変わんねえな。複雑な社会ってやつにどっぷりと浸かって小難しい考え方なんかしねえよ。これまで振り回されたのは人間の根っこの部分だけだからな。それしか見えねえ」

「根っこ?」

 その表現の意味が分からずメアリーは眉根を寄せる。

「例えばこの戦争、何が作り出したんだと思う? 元を辿れば四家の連中の権力欲だ。体制を固めて支配欲を満たすためにゼフォーンを隷属させた。それに対してゼフォーン人は人権と自由、それが手に入る独立を欲しがった。これも欲だ」

「根っこというのは人間の欲?」

「ああ、そいつが大概のものの根源にある。あんただってそうだろ?」

 リューンは彼女を指差す。

「スクープが欲しいから。名誉を手に入れたいから……」

「馬鹿にしないで!」

「そんな下世話なもんじゃねえだろ? それだったら、こんな扱いを受けりゃ腹を立てて帰っちまう。たぶん真実を知りてえんだ」


 見透かされたと思う。もし金銭や名誉を求めるなら危険な場所へは出向いていかない。相手が出てこざるを得ない状況を作り出すのは難しくないからだ。もっと回りくどい手を使う。相手の本音に踏み込もうと飛び込んできたのだ。


「それも欲でしかねえ」

「そうね」

 認めるしかない。

「こんな感じだ」

「でも大衆はあなたに正義を求めるわよ。協定者なんだもの。そういうものだとは分かるでしょう?」

「自分が乗っかってる側が正しいって思いてえからだろ。或る種の保身だ。自分の地位や立場、心を守りてえっていう欲の一つ」


 リューンと話していると、人が自分を鎧っている理屈を無理矢理剥ぎ取られていくような気分になる。剥き出しの人間性を掴み出されているようなものだ。


「逆に我が身を省みねえ欲もある。こいつらがそうだ」

 整備士たちを親指で示す。

「命を投げ出してでも欲しいもんがある。未来だ。身内を含めた、故国に置いてきたゼフォーンのやつらの未来が欲しい。こいつらの原動力になっている欲だ」

「それで?」

「俺の恨みを買っているゼムナの連中なんて、もっと分かり易い欲に捕われてんだろ? ところがこの欲ってもんを悪者にはできねえときてる。こいつを引っこ抜くと人間は生物として機能しなくなるかんな。切り離せねえ」


 話が宗教染みてきたが、全てが現実に即している。物事を単純化してみると概ね間違いではないと彼女にも思えた。


「ってなわけで結局のところ、戦争なんて大層な建前を語ったところで欲と欲のぶつかり合いなんだよ。そいつは何だと思う? ただの喧嘩じゃねえか」

「あ……」


 だからリューンはずっと喧嘩だと言い張ってきたのだ。そこに幼い思考なんてない。彼は単純シンプルに自分の在り方を語っているのである。メアリーはそう気付いた。


「あなたにとっては規模の大小でしかないのね。今はアルミナ現体制との喧嘩だとしか考えていないと」

「そういうこった。殴り合いじゃ済まねえからちょっと余波が世間まで響く。そいつは勘弁してくれよ」

「あなたって子は……」


 この議論をどう記事すればいいのか悩んでいると足元で「ワン!」と鳴き声がする。いつの間にかロボット犬がやってきていた。

 そして一緒に来たのは柔らかい空気を纏った少年。エムストリ王子であった。


「ごめんなさい。取り込み中だった?」

 困ったように眉を下げるのは会いたかった相手でもある。

「いいえ、よろしければ殿下にもお話を伺いたいと思っておりました」

「俺の時と態度が違うじゃねえか」

「当たり前でしょう」


 言い捨ててから振り返ると王子の肩には手が置かれている。その主は類い稀なる美女であった。ただし本当なら人間ではない。

 オレンジ髪の少年どころではない。その視線には丸裸に剥かれているような印象がある。


「ゼムナの意志……」

 息を飲む。

「私のことは気にしなくてもよくてよ。自分の仕事をなさい」

「そうさせていただきます」

 誤魔化しや誘導など通用しないと思われて咳ばらいを一つ。

「殿下はゼフォーン側の主張を正しいとお考えですか? だからこちらに身を寄せていると?」

「ううん、少し違うかな。彼らの主張には正当性も感じている。でも、それだけで片付けちゃいけない立場だと思ってる」

 王子は少し苦い笑いを浮かべた。

「世間知らずで結論が出せないんだ。申し訳なく思う。僕に何ができるか探しているから少し待ってほしい。それを剣王やエルシから学んでいるから」

「そうだったのですね」


(立場は明らかにされないけど、自らの考えをもって行動されようとなさっているんだわ)


 クリスティンの会見とは違うが、多くの回答を得られたと思う女性記者だった。

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