逃げた英雄(9)
全てを打ち明けられたディドは思い悩んでいる。当然だろう。たった一年あまり前に結婚したばかりの妻ペギーの人生までをも抱える身だ。
「無理を言って悪かった。このことは忘れ……」
「分かった! どこに行けばいい? どこに店を開けばアーネスト氏をかくまえるんだ?」
既に思い切った顔付きに変わっている。
「本当にいいのか?」
「親父には何の伝手も無いところで腕試しがしたいって言う。両親のことは弟に任せりゃいい」
「すまない。本当に恩に着る」
ディドは「水臭いことを言うな」とセトの肩をどやしつける。
人を隠すには人の中。程よいところを選んで、惑星アルミナの新興地方都市クルダスに決めていると告げた。
◇ ◇ ◇
無数に浮かぶ隕石の間を裂くようにビームが尾を引いて伸びる。遥か彼方の目標に着弾して火球を形作った。そして一秒後には再び砲口が光を放つ。
「成功です。砲身に狂いを生じさせるような異常加熱は確認できません。予想数値範囲内です」
報告に、試験観測に繰り出された偵察艇内部が湧く。
「素晴らしい」
「ありがとうございます」
アーネストはセトと握手をする。全ては演技でしかない。
この高収束度狙撃砲の開発に二ヶ月の時を要している。待つ身にはじりじりと長い時間だったが、兵器開発としては奇跡と呼んでいい短期間だっただろう。セトの才能には感嘆させられてばかりだと思う。
「喜ばしいところすまないが、皆には出て行ってもらいたい」
取り出したハンドレーザーを操縦士二人に向ける。
「あ、アーネスト様?」
「本気だ。従ってほしい」
青褪める操縦士たちを尻目に、護衛として随伴したフェニシティのアームドスキン、ラズーバが実験に参加している友軍機に襲い掛かった。
「何をするんです!」
「頼むから抵抗するな。撃破したくない」
部隊回線の音声が操縦席にも流れる。
彼女は試験機のラズーバの持つ狙撃砲をブレードで斬り裂くと、
その頃には、ヘルメットを装着させた操縦士を開放したエアロックから外へ追い出していた。アーネストはセトに振り返って計画の成功を告げる。
「これで終わりではありません、アーネスト様。僕も放り出してください」
意外な言葉が告げられる。
「どうしてだ? 一緒に逃げるんじゃないのか?」
「それでは駄目なんです。僕まで逃げ出せば両親が追及されます。そして交友のあったディドの家族まで」
「それは……!」
計画性はなく、刹那的な行動だと思わせるためだと説明される。
「知らぬ存ぜぬで通します。そして責任を取る形で軍を除隊します。初めは調査対象にされるでしょうが、追手をまいてから合流しますので待っていてください」
「そこまで」
「これも計画です。敬愛する貴方様のためですから苦労のうちにも入りません」
申し訳なくなって視界が滲む。
「宇宙に出たらすぐに救難信号を発しますので早めに立ち去ってくださいね」
「……すまない」
涙に詰まる喉からそれだけを絞り出し、セトの身体を宇宙へと押し出した。
◇ ◇ ◇
予め用意してあった偽造の身分証を使って定期便でブリッカス星系まで移動した。クルダスに降り立つと迎えがやってきている。
「アーネスト様ですね?」
少しいかつい感じのする青年が声をひそめて呼び掛けてきた。
「そちらの姐さんが目立つんで助かります。聞いていた通り、見事な赤毛ですねぇ」
「君がディド・バレル君だね? 世話になる」
「何てことありません。乗ってください」
それは小型貨物運搬車だった。
「みすぼらしい車ですんません。商売に使う物なんで我慢してください」
「そんな我儘を言うものか。何でも遠慮無く言ってくれたまえ。私のことはアレスと呼んでくれればいいから」
アーネストは偽名はアレッサンドロ・ビューレイ。フェニシティは夫婦と偽ってニース・ビューレイと名乗らせているが、そちらの嘘は早い時期に事実になるはずだった。彼女はアーネストの愛を受け入れてくれたからだ。
燃料電池車は発着ポートから軽快に街を縫い、一軒のパン屋の前に停まる。そこがこれからの生活の場になるはずだと聞いている。
この店を準備するのにディドは前もって一ヶ月半の期間を要している。営業を始めてしばらくのはずだが、商売は既に軌道に乗っているらしい。
「嫁のペギーです」
金髪女性が可憐な花のような笑顔で挨拶してくる。
「よろしく頼む。しばらくは表立った行動もできない身の上なんだ」
「気にしないで。あたしも気にしないようにするから。ね? ニースも仲良くしてね?」
「ええ、ペギー」
彼女の朗らかさが空気を軽くしてくれるようだった。
◇ ◇ ◇
二ヶ月後の晩、未だ隠れ住んでいるアーネストが階下からの悲鳴に驚いて階段を降りると、そこには号泣するディドの姿があった。彼は2D投映パネルを前に膝を落として顔を覆う。
『惑星ゼムナの首都ポレオンで男性の変死体が発見された。男性の身元はセト・ドゥネガルと見られる』
ニュースを報じる文字はそんな事実を伝えていた。
「ぐぅ……」
嗚咽が漏れる。大切な友を失った二人は肩を震わせ、声を殺して泣いた。二人の異変に気付いた女性たちもニュースに触れて涙を流す。
その夜のバレル家は悲嘆だけに支配されていた。
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