逃げた英雄(3)

 ミドルエイジ卒業後のディドは父の指導の下、修行の日々に明け暮れている。週に数度はセトがやってきて談笑していく他は、常連さんとの付き合いがほとんどという生活になっていた。


 ペギーはというと、実情入り浸っているというのが一番正しい表現だろう。付き合い始めの頃から両親には紹介していた彼女。互いに若いながらも結婚を視野に入れた交際なのはそれぞれの両親も納得している。必然的に深い仲にも発展していた。

 思春期真っ最中の弟のセルジにはペギーとの接し方が難しくもくすぐったいという感じだったが、屈託の無い彼女の性格が拒むという選択肢を失くしていたようだ。


 その日も学校帰りにセトが店に立ち寄る。どうしても社会の狭いディドに対して、彼はハイエイジスクールという広い世界で頑張っている。語ってくれる内容は興味深いし、流行り廃りなどはセトやペギーから得るほうが多かった、


「そうか。順調か」

 まだ帰ってきていないペギーとの仲の話だ。

「卒業したらすぐ結婚って話になってる。あいつはもう籍だけでも入れたいって言ってるが両親が止めてるみてーだ」

「ご両親にしてみれば、行かせた以上は真面目に勉学に取り組んでほしかったんだろうな。君との結婚をどうこう考えているわけではないだろう」

「まあな。よろしくって言われてるし」


 彼女の両親には好かれていると思う。見た目はともかく、愚直に仕事に打ち込む姿が評価されているようだ。


「それがいい。大きな声では言えないが、さっさと家庭に入れてしまえ」

 珍しく強く主張してくる。

「そんなに悪いのか?」

「うちの学校にも被害に遭った者がいる。頻繁にではないとはいえ、確率を下げておくに限る」

「そこまでヤベーのか、ライナックのドラ息子どもは」


 ゼムナの政情はお世辞にもいいとは言えない。

 既に三代に渡って大統領はライナックの名を持つ者となっている。議席を占めているのも縁戚関係を結んで英雄の名を得た者達や、家同士の繋がりがある者がほとんど。今のゼムナはライナックの独裁政権に近い。


「やりたい放題だもんな。何でこんなになっちまったんだか」

 あまり政治に明るくないディドにはそんな思いしかない。

「ゼムナ市民だって最初は礼賛らいさんしていただけさ。伝説の英雄がこの国には居る。我らの誇りだってな。英雄の率いるゼムナは人類圏に名だたる強国だとしたかったんだろう」

「それが間違いの始まりだったってか?」

「ああ、権力の集中は腐敗の温床にしかなり得ない。今では圧力政治、金権政治と成り果てている。容易に引っくり返せない情勢になってしまった」


 現状、ライナックの傍系や繋がりを持つ人間たちの無法地帯になりつつある。彼らがどんな罪を犯そうが、いつの間にか揉み消されてしまっている。

 犯罪が起きたという事実に触れるのは被害者とその知人になってしまうのだが、それでも人の噂というのも馬鹿にできない。実情は広まり、囁かれる。逆にいえば、大きな声で言えないのが実情。

 セトがペギーを早く家庭に入れろと言ったのはそういう意味だ。彼女ほど魅力的な女性では、いつライナックの目に留まり拉致されて酷い目に遭わされるか分からないと危惧している。


「でもなぁ、ペギーくらいの可愛い娘は、街中にはいくらでもいるんじゃねーの?」

 セトは肩を竦める。

「それは君の認識不足だ。彼女ほどなら十分に連中のターゲットになり得る。大事ならば隠しておけと言っているんだ」

「何を怖がっているんだか。だいたい、美女なら立体ソリッドTVにいくらでも出てんじゃん。あっちのほうがよほど目立ってるし」

「彼らは上手に立ち回っているのさ」


 蛇の道は蛇。美を商品とする分野はそれなりに対策のノウハウがあるとセトは言う。

 具体的には犠牲の羊スケープゴートを使っているのだそうだ。もう一つ売れないタレントに彼ら彼女らを接待・・させているらしい。それで各事務所の売り出す目玉タレントには手を出さないように取り計らってもらっている。

 接待役にしたところで、ライナックと関係を持つことでコネクションができ、芽が出たり生活が安定したりして、持ちつ持たれつの状態が築き上げられているそうだ。


「一般市民にはそれが無い。被害に遭えば泣き寝入りの選択肢しかないのさ。自衛をお勧めするね」

 実情にはディドも少なからず驚く。

「特に女の子を持つ家は苦労が絶えねーな」

「それでもしがみ付きたいくらいゼムナが豊かなのも本当だからな」


 不満が噴出しないのはひとえに経済のお陰だといえるだろう。開拓で疲弊する新興国も多い中、彼らの国は栄華を誇っている。

 権力者の被害に遭うのも、全体から見ればごく僅かなパーセンテージに過ぎない。極めて低い交通事故率や死に至る病の罹患率とそう変わらないといえる。ただ、首都ポレオンでは、その事故・・率が多少高くなっているだけだと皆が自分に言い聞かせているようなものだ。


「世知辛いなー」

「そう悲観するものでもないさ。危機意識さえ養っておけば僕ら一般市民は豊かに暮らしていけるんだ」


 そう言われてもディドには今一つ実感が湧かないのだった。

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