逃げた英雄(2)

「不思議でしょーがないんだって。何でお前らとこんな関係になっちまたのかなーって」

 ディドは正直に心情を話す。


 自分が華の無い男だと思っている。腕っぷしを頼られることもあるがそれだけだ。本気で格闘技をやっている連中に勝るほどではない。

 セトに親友と称され頼られたり、ペギーが惚れ込むようなところがどこだか分からない。どこにでも居る、大して誇れるところもない自分が、だ。


「そりゃ、最初はセトとディドがいつも一緒にいるから興味を持ったんだよ」

 ペギーの言葉に(やっぱりな)と思う。女子はセトとの仲を取り持ってほしくてディドに近付いてくると相場は決まっている。

「でも、変な組み合わせだから気になっただけで、セトが目的だったわけじゃないし。あたし、あったかいタイプの人が好きだもん。セトは違うと思ってた」

「ずいぶんな言われようだ」

「んふ、今じゃ君も友情に厚いタイプだって分かったよ。だから友達でいられる」

 前は苦手に感じていたらしい。

「ちょっとだけ後悔してるけどね。仲がいいのをやっかんだ女子が絡んでくるのを捌くのが面倒だし、仲立ちのお願いなんて取り合ってたら忙殺されちゃう」

「それは申し訳ない」

「誰が絡んできたか教えとけ。睨みを利かせとくから」

 ディドの知らないところで色々あるようだ。

「そんなの言っても無駄。ディドが絶対に女の子には手を上げられないの知ってるし」

「ちぇっ!」

 当然見抜かれていた。


 そのあとも彼の良いところを連ねてくるペギーに恥ずかしくなって話を逸らそうとする。なぜか流れは、何度も話したセトとの出会いの時へと変わっていた。


「ミドルエイジに上がってすぐの校外授業の時だったよな」

 ディドは思い出す。もう三年近く前の話だ。

「あれは衝撃だったよ。僕も君のような人間には縁が無いと思っていたのにな」

「お前だってすかしてたじゃねーかよ」


 その頃はディドも他人の評価が聞きたくって仕方のない時期だった。人格に関してではなく、自作のパンに関してである。

 誰かの気を惹こうとかそんな思いは全くなく、ただ意見を聞きたくて大量のパンを準備して昼に配って話を聞いていた。珍しく彼を中心に輪ができていたが、それにセトが加わっていたわけでもない。彼は携帯端末に目を走らせて何かを読みつつ、購入したサンドイッチを齧っていただけ。


 残り少なくなったところでそれに気付いたディドは何の気なしにセトにも押し付ける。邪魔されてちょっと不機嫌そうだった彼の表情はひと口目で一瞬にして変わった。何が挟んであるわけでもないパンをガツガツと平らげると、更に寄越せと目で訴える。苦笑したディドは二つばかり手渡すと、また残りを配って回る。

 そして、一段落した頃にセトのほうから話し掛けてきたのだった。


「何度でも言うが君のパンは芸術品だ。自動調理器マルチクッカーに材料を放り込めばパンだってできる。そこに複雑な工程が含まれるのだって知識としては知っていた」

 セトは言い募る。

「だが、その工程一つひとつにどれだけ工夫を凝らすかで、あれほどまでに味が変わるなんて僕の知識にはなかった。愕然としたね。喧嘩っ早くてぶっきらぼうな人間にあれほど繊細な仕事ができるなんて欠片も思っていなかったからさ、俄然興味が湧いたんだ」

「ああ、それも何度も聞いたし何度でも言うが褒めてねーからな!」

 いつものオチが決まって三人して笑い声を立てる。


 あの頃のセトはこんな風に笑うところなんて見せなかった。男前だからモテてはいたが冷たい印象が強かったと思う。

 しかし、特に三人でつるむようになってからは教室でも笑顔が多くなり、それにつれて彼に憧れる女子もうなぎ上りに増えていったのである。


「二人が楽しそうにしてるから近付いたし、セトをこんなにしたのがディドだって分かって、すぐに好きになったんだもん」

 ペギーは可憐な花のように笑う。

「羨ましいよ、君たちの関係が」

「ぬかせ。お前がちょっと笑って見せればレイリアだろうがセシルだろうが落ちるだろうが」

「僕の外見に惹かれているだけの人なんて内面を見ようともしてくれないさ。無遠慮にずかずかと踏み込んでくるだけ」

 美女の名を挙げたディドからみれば羨ましい限りなのだが、セトにしてみれば飽きるほど経験してきたことらしい。

「だが諦めてるんじゃないぞ。僕にだってきっと素晴らしい出会いが待っているはずなんだ。いつか心から愛せる人を見つけてみせる」

「ああ、お前ならオレみたいな幸運に恵まれなくても苦労はしねーって」


 ペギーがどんなタイプが好みなのかセトを問い詰めている。顔の造作から性格はもちろん、趣味嗜好に至るまで機微に通じる辺りは女性的な細やかさを感じて微笑ましい。


「で、お前はテクニカル方面のハイエイジに進学するんだろ?」

「ああ、進学先ならもう決まったさ」


 セトは極めて優秀。しかも理系が主となる。技術大国のゼムナでは一番出世が見込めるタイプでもある。いずれは全く違う人生を歩むことになるだろうとディドは考えていた。


「色々な所から声を掛けられていて選択肢はあったが、あまり悩む必要も無かったね。最低条件は通学経路に『バレルのパン屋』が入っていることだったからな」

 とんでもないことをさらりと言う。

「そいつはいかれてるぞ」

「何を言うんだ。こんなにパン好きにしてしまった君には責任を取る義務がある」


 どうやらこの親友とは生涯の付き合いになりそうだとディドは思った。

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