アルミナ侵攻(2)
御前会議の席は重々しい空気に包まれている。
簡素ながら高機能な椅子に掛けた王は、現状報告に苛立ちを隠さず身体を揺らす。それでもサスペンションのきいた椅子は軋みも上げない。
アルミナ王メルクード・ヴィー・アルミナは緩やかに波打つ濃い目の金髪をを肩甲骨までの長さで切り揃え、略冠を被っている。光の入り方によっては緑にも見える碧眼は今は閉じられ、卓に立てた肘の先の手はこめかみに添えられ、人差し指で略冠をこつこつと叩き続けていた。
「すると何か? ゼフォーンの叛徒どもが我が星系にまで入り込んで占拠しているというのか?」
「左様です」
メルクードにとってゼフォーンを含むハルム星系も彼の領土であり、その意志に逆らう市民は叛徒なのである。彼はそう感じるように育てられていたし、そう思うように誘導されているので不思議でも何でもない。
そうでなくては困るのだ。キオー・ダエヌを含めた四家の当主たちの意図とは違う発言をされると、国民は現体制に疑念を感じてしまう。
初代王の没後のような王政黎明期ではない。誰もが「問題があれば普通に民主制に戻せばいい」と思って寛容に対応していた時代は終わっている。人々が民主政治を忘れ、王の言葉に重きを感じて耳を傾け続ける現代は注意が必要なのだ。
「何をやっている、キオー。速やかに我が版図を取り戻さんか」
王は軽く眉根を歪ませる。
「それがなかなかに難しいのですよ。八百二十光年の距離は陛下の威光を薄めてしまうのか、ゼフォーンの民は自分たちの立場というものを理解しようとしないのです。困ったものですな」
「ふむ。軍事に通じたそなたでも難しいと言うか」
「どうもゼフォーン人だけでなく、別の思惑も働いているように感じるのもありましてな」
キオーはメルクードを納得させるのは難しくないと思っている。折に触れ、彼一人の力では事は上手く運ばず、四家あってこその王政だと思わせるように言葉を重ねてきているからだ。
口調からも分かる通り、キオーは王権をそれほど重視していない。王は表の顔であって、四家の意図を忠実に再現する口であればいい。アルミナはそんな体制を連綿と続けてきたのだ。
「別の思惑とは?」
メルクードは引っ掛かりを感じたようだ。
「ご説明しましょう。ナグティマ国務相、統制政府には自給率を制限するよう政策を授けてきたはずですな?」
「無論ですとも。あまり内需が高まっては経済力が甦ってしまうかもしれませんからな。復興の鍵は経済力です」
アック・ナグティマ国務大臣は当然だとばかりに顎に手を添える。無策ではないと主張したいのだろう。
黒髪を撫でつけた長身のアックは紳士然とした雰囲気を醸し出している。涼しげな面持ちを崩さないのは動揺を表さないためだ。彼は矜持の塊のような男である。
「確かに食料自給率はあまり重い制限を設けてはいませんでしたよ。働けないでは意味がありませんからな」
提案した仕組みに自信があるのだろう。
「我が国の食料庫として機能してもらわなくてはならんからな」
「だからこそ我らの舌を潤してきてくれたでしょう?」
かと言ってアルミナの食料自給率が低いわけではない。各都市の地下には食料プラントが設置されており、管理者によって半自動で稼働し、市民の食卓を支え続けている。
だが、彼らの望んだ食料品は、広大な立地と十分な自然環境を必要とする天然食材である。環境面では乏しいアルミナでは生み出せないそれら贅沢品を、ゼフォーンから供給させるべく施設を充実させてきたのだ。
「食料に関しては程よい結果が出ておったな。が、ここで問題にすべきは別分野の産業だ」
矜持の割に聡さの足りない相手にキオーは閉口する。
「叛徒には武装できるほどの生産力は与えない策は講じてあったのではないかね?」
「兵器に不可欠な金材関係のことを指しているのか。それならば厳しく制限していますぞ。兵器生産技術はもちろん、採掘や精製に関しても目を光らせるよう指示してありますとも。もし、抜け道があるのだとしたら現場の怠慢ですな」
あくまで自分に責はないと言いたいらしい。
キオーが抑えておきたかったところはそこだ。しかし、実際に
「治安維持軍は機能していた。警察組織にしても、十全にとはいかなくとも大規模な施設が建設されるのを見逃すほどではなかったのだろう?」
彼は管轄外の部分まで触れる。
「無論だ。ならば兵器生産に必要な材料が流れてくるとしたら近隣国家からということではないのかね?」
「それはどういう意味ですの!」
室内に金切り声が響く。
「もしや外交面に問題があるとおっしゃりたいのでしたら心外ですわ。外務大臣であるわたくしの力量を疑っておられるということですものね」
「そうとまではいわないが、他にルートが無いのも事実じゃないかな?」
ナグティマ国務相と金切り声の主の外務相が睨み合いを演じ、室内の空気は余計に悪くなってしまった。
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