本星決戦(3)
活気に乏しくなった治安維持軍本部基地の一角。
猛暑を匂わせる夏の日差しの中、焼けた建屋の暑気は厳しい。それでもスキンスーツの体温調整機構に唸りを上げさせ、自身は汗をかきつつも不動の姿勢。それを見て苦笑いしつつ、エフィ・チャンボローは彼に話し掛ける。
「ガラント・ジーム三金宙士閣下、この暑い中で自機にご執心のようですが、少し休まれてはいかがですか? 閣下がそうでは若い者は英気を養うのもはばかられますよ?」
他のパイロットが遠慮するから上の人間は涼しいところで休めと暗に伝える。
「付き合えとは言っていない。体調管理も任務のうちだ。好きにするがいい」
「そうもいかないのが軍の組織というのは閣下が一番ご存じでしょうに」
パイロットにはかなりの自由が認められているが、アームドスキン隊を取り纏めるほどの上位者が勤勉では下も気を抜けなくて苦しんでしまう。男がいかに寛容でも、気を遣った一部の者は下を引き締めに掛かってしまうものだ。
「道理か」
納得したように空調のきいた待機室へと足を向けるガラントの背中を急かすように押した。それができるのもエフィ自身も二金宙士という上位者の一人だからである。
「貴様らしくもないな。まだ地上に居たか。とうに宇宙に上がっているものと思っていたが」
「そうはいきませんって。ここには可愛い可愛い子猫ちゃんたちも任務に縛られて残っているんですってば。彼女たちのためなら例え敵中でも躊躇いなく馳せ参じましょう」
良く通るように声のトーンを上げている。
アルミナ軍の内部通達で、多くの兵が要人警護の名目のもとにゼフォーンを離れつつある。上層部は既に地上の統制を不可能だとして、損耗を防ぐための措置を講じているのだ。
そんな情勢下で、逃げ上手の伊達男が地上にしがみ付いているのが変だとガラントは皮肉っている。エフィも特に腹を立てたりしない。彼には彼の信条があって、それに従うとまだ逃げる場面ではないと考えている。逃げを決めるなら女性を守りつつ華麗に、である。
「モテるのもなかなかに命懸けと見えるな」
彼でもそんな軽口を叩くのかと少し驚く。
「男と生まれたからにはそれが本能であり本望じゃありませんか?」
「分からんな。本国に残した妻は帰ってきてほしいと願っているようだが、私は
「それはそれで羨ましい話で。閣下の奥様は美人で有名ではありませんか」
ガラントの妻は、元は女性に大人気のファッションメディアでメインを張っていたモデル。その彼女が慰問の折りに彼の漢気に触れて夢中になったという逸話が残っている。
「私は妻しか知らんから羨まれても何とも言えないのだが」
エフィにしてみれば、いいかげんにしてほしい言い分である。
「はいはい、お幸せなようで結構ですね。僕みたいな男がモテるには頑張ってみせなきゃいけないんですよ。せめてあの銀色くんに一矢くらいは報いておかないとイーリーにもフォセットにもフラれちゃいます」
「銀色? 噂に聞く剣王か」
「彼のお陰で僕の人気はガタ落ちです。勘弁してくれないかな」
敵の話となるとガラントの目付きも変わる。
「貴様は当たったんだったな。それほどか?」
「少なくとも今後一切接近戦は挑みませんよ。近付くなら一撃離脱です。あれは異常。あんな反応速度、見たことありませんって」
距離を置いても油断ならない。どんな猛攻をも切り抜けて接近してくるのだから始末に負えない。
だからといって意表を突いてもあの特殊なブレードでビームさえも斬り裂かれてしまう。そう、ビームを斬り裂くのだ。
「あんな少年にやられっ放しとか、子猫ちゃんたちになんて言われるか……」
「少年だと?」
ガラントの語調が強まる。
「は? 組織連合のラザフォーン入りのローカルメディア、ご覧にならなかったんですか? 剣王は少年、それもようやくハイティーンかっていうところです。声の感じも若かったんで僕は知ってましたけど」
「そんなに若いのか……」
携帯端末でネットワークに残っている動画を拾う。そこには最近名の売れてきた女性活動家が感激して少年に抱き付く様子が映っている。
そのオレンジの髪の少年を見たガラントは瞠目し、明らかに様子が変わってきた。険しい表情が浮かび上がる。
「立場上阻む責務を負っているが、解放運動も理解できると感じていた。王室のゼフォーン政策には少々思うところも有ったが、それも押し殺して戦場に身を置いてきた」
壮年の男の握った拳が震える。
「だが、これは駄目だ。いくら適性に秀でていようが子供を戦場に投じるなど言語道断! それで得る自由など私は認めん!」
「落ち着いてくださいって、閣下。ほら、当たり前に分別もつく年頃でしょ? 無理矢理ってわけじゃないんでは……」
「だからこそだ! 彼の将来を思えば今止めてやらねばいかん! それが大人の責務というものだ!」
(参ったな。変な火の点き方をしてしまうとはね。悪いが覚悟しといてくれよ、銀色くん)
エフィは頭を押さえつつ少年に詫びの念を送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます