エルシ・フェトレル(3)

 カメラ前に引き出され、覚束なくも一生懸命言葉を紡ぎ出すダイナ・デズンの姿は見ものだった。が、志は伝わってくる。

 年若い精悍な勇士がトップに立つのに総じて反対意見も無く、問題なく受け入れられたように思える。不安感が無いといえば嘘だろうが、誰もが盛り上げてやらねばならないと感じたのだろう。


「もう、そんなに笑わないの!」

 新総帥の狼狽えぶりを笑っていると妹に叱られた。

「けしかけたんだから、ちゃんと責任感じてあげてよね」

「分かってるって」


 自室のベッドに寝転んでいるリューンに、枕元に腰掛けたフィーナは頬を膨らませていた。性質的にはどちらかといえばダイナ寄りの妹は同情を禁じ得ないのかもしれない。


「心配しなくたってあいつなら問題なくできるって」

「どうしてそう思うのかしら?」

 エルシが尋ねてくる。

「考えなくたって分かるんだよ。俺にガミガミいう奴は大概が世話焼きだ。そういう人間には、俺が自由気ままなろくでなしに映るんだろうぜ」

「なるほどね」

 最前までうるさく言っていた少女の頬が更に膨らむ。

「組織では上のほうに向いている人間はそんな連中さ。間違っても俺みたいな奴じゃねえ」


 人には向き不向きが必ずある。本人がどう望んでいようが、周りからは案外簡単に見えてくるその本質に他人は目を向ける。見合う役割を演じてほしいと。

 ベッドを跳ね回って遊んでいたペコが彼の胸に上がってきて頭をこすりつけて甘える。少年がそうするのを望んでいると学習しているのだ。

 そういう意味では、このロボット犬はよくできていると思う。従順さを望む者には従順に、自由奔放を望む飼い主にはそのように学習して振る舞うのだ。彼が甘やかしたペコはいたずら好きの甘え上手に育っている。

 わざわざ背中を押してやらなくても自分の役割を知っている。


「『力は貸すが、名は貸さない』ね、ふふ」

 妖艶な美女が不気味な笑いを見せる。

「なんだよ」

「実にあなたらしいと思っただけよ」

「器ではないと言ったのではありませんか、女史?」

 ヴェートにはそう見えたようだ。そうでなくては困るのだが、どうも相手が悪そうに思える。

「果たしてそうかしらね?」


(手に負えねえぜ、まったく。おそらくこいつは何もかも知ってやがる。その気になりゃ脅しをかけて意のままにできるかもしれねえのにやりゃしねえ)

 リューンには彼女の意図が見えてこない。

(そりゃ、限度を過ぎるようなら俺が反発するのも承知の上だろうが、その辺りの加減を間違えるような女でもねえ。厄介極まりねえぜ)

 正直な話、対処に困っているのは事実。

(この面子なら問題ねえだろ。そろそろ仕掛けとくか)

 彼は様子を窺いつつ心を決める。その視線にさえ彼女は察したような気配を見せていた。


「彼は表の顔になるのは自分の役割ではないと思っただけ」

 ヴェートは理解が及ばないようだ。

「功名心は無いと」

「或る意味ではその通り。自分の意味から目を逸らして生きてきたんだもの」

「引きずり込んだ女の台詞じゃねえだろ」

 エルシはおかしそうに口に手を当てる。

「それじゃ、あれはお前の役割だったのか?」

「なにかしら?」

「ガイナスをったろ」


 美女は何の変化も見せないが、護衛はあからさまに顔色を変えた。忙しなく揺らぐ視線に妹も事実だと気付いたようだ。


「……本当、エルシさん?」

 フィーナには思いもよらなかったらしい。

「待ってくれ。やったのは俺だ」

「命じたのはこいつだ」

 指摘にヴェートは言葉を継げない。妹も目を白黒させている。

「状況的に可能なのはエルシしか居ねえ。たぶん、それに気付いている奴も少しは居る。だが、こいつを良く知っている人間に限られるだけ、動機も明白だから口をつぐんでいるのさ」

「お兄ちゃんを、その……、追い詰めたから?」

「ええ、彼は他国と内通してリューンを戦死に見せかけて事実上暗殺しようと目論んだわ。失敗はしたけど、だからこそ今後は手段が巧妙になるとは思わなくて? 早い段階での処分・・の必要性を感じたのよ」


 フィーナは懐いていたぶん衝撃的だったらしい。表情を曇らせている。

 しかし、エルシは全く動揺を見せない。それどころか真実を解き明かした彼を褒めるように微笑んでいる。それも妹には理解できないようだ。


「そこまでしなくても話し合う余地があったんじゃ……」

 彼女は潤んだ瞳で訴える。

「そんな非効率的なことはしねえって。奴は説得されたくれえで自分を曲げるような輩じゃなかったからな」

「それでも……」

「こいつならやる。人間じゃねえからな」


 ヴェートが気色ばんで腰を浮かす。フィーナも非難するような響きで「お兄ちゃん!」と叱りつけてきた。


「いいから聞け」

 そう前置きして二人を制した。

「人間ってのは我欲から逃れられねえもんだ。ガイナスを見てればよく分かっただろ? 品性だ何だと口うるせえのは気にいらなかったが、奴の上昇志向は間違いなく欲の形だった。そういう意味では奴のほうがよほど人間だ。俺はむしろ分かり易くて安心できたぜ」

 意外に思ったのかヴェートは呆ける。

「ところがこいつとくれば何も求めねえ。それ以外不要とばかりに俺に力と戦い場所を与えてくる。それで自分の名や技術を誇ろうとするつもりもねえ。どちらかといえば小出しにしてる雰囲気だからな」

 エルシは結論を促すように黙ったまま。

「我欲も無く、献身をよしとしてやがる。それでいて、ものの見事に人間の振りができる。俺はそんな存在に一つしか心当たりがねえ」

 挑戦的に見返す。


「エルシ。お前は『ゼムナの遺志』ってやつだろ?」

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