剣王(3)

 ひと汗かいたリューンとフィーナがペコとペスと戯れているところへダイナは向かい覗き込む。


「くつろいでいるところに悪いが提案がある。良ければ君の力を俺たちに解らせてくれないだろうか?」

 皆の代表として意見を伝える。

「実感できるとできないとでは、今後の戦い方に差が出てくるというものだ。ここはひとつ、協力してほしい」

「構わねえぜ。一遍勝負しろってことだろ?」

「まあ、そうなんだが特に含みは無いからね」

 身も蓋も無い言い方をされトップパイロットは失笑した。


 生意気だから締めてやろうとかそういうのではないと告げる。何とか納得は得られたようで、フィーナは兄の応援の体勢を整えている。


「いいんだがよ、みんなスキンスーツを着てくれ。野郎はどうでもいいが、女の身体に痣作って自慢する趣味なんかねえからな」

 彼自身も耐衝撃性に優れるシリコンラバースーツに足を通している。

「訓練用のスティックはそんなに固いものじゃないんだけど、まあ備えるに越したことはないかな」


 撃ち合いをできるような器具は無い。二人が手に取って構えたのは、ガスで膨らませたゴムの芯にウレタンスポンジを被せたものである。


(とりあえず様子見しようか)

 ダイナはグリップを軽く握り込む。

(突く)

 喉元に狙いを定める。


 彼のスティックはぴくりと震えただけだが、リューンの手は眼前の空間を横へと薙いでいた。


「嘗めた真似しやがると本気でぶちのめすぞ?」

 少年の目が剣呑な光を帯びる。

「分かった分かった、ちゃんとやる」


(俺の突こうという意思だけで反応したな。本当に突いていたら払われていた)

 確実に阻まれ、流れを持っていかれたかもしれない。

戦気眼せんきがんというのは本物らしい。それなら躱せなくなるほど畳み掛けるだけ。実戦経験はこっちのほうが上だぞ?)

 スティックの先を少し沈める。


 跳ね上げる斬撃を半身で避けながらリューンが踏み込んでくる。手首だけで返して横薙ぎに切り替えた。実戦で使うのはビームブレードで、当てれば損傷を与えられるからこその剣術である。実際の剣術のように強い打ち込みは不要なのだ。


 しかし、その横薙ぎもダッキングで躱されて深く潜り込まれると、腹に横一文字の強い衝撃。


「げふっ!」

 詰めていた息の大部分を吐き出させられた。


(こんなに強い攻撃がくるとは)

 自分たちの知っている、当てる、突く、薙ぐといった剣術とは異質なものだ。十分に体重の乗った斬撃が身体を貫くように駆け抜けていった。

(これは人体を標的として、一撃で自由を奪いにくる剣術だ。聞いてはいたが、彼はそんな世界で生きてきたのか)

 膝をついて蹲る。


「おーい、終わってんぞ?」

 肩をスティックでぽんぽんと叩かれる。

「君の忠告は正しかったよ。これはスキンスーツ無しでは痣ができる」

「だろ? まだやんのか?」

「まだ付き合ってもらおうか」


 何本か続けたが、リューンの攻撃の強さに押される。受けに入っても払い切れなければ次の動きまでワンテンポ遅れる。そこを突かれてペースを持っていかれて一撃をもらう羽目になった。


「そろそろいいだろ? 試したいってんなら纏めて掛かってこいよ。その代り二本使わせてもらうぜ?」

 フィーナの差し出すもう一本を手にする赤毛の少年。

「一対一では無理そうだな。手伝ってくれ」

「あいよ」

「情けないなー。頑張ってよー」

 アルタミラとミントが立ち上がった。

「頑張れ、お兄ちゃん!」

「ワンワン!」

 応援団が賑やかになった。


 三方からリューンを取り囲むと隙を窺う。しかし彼は正面のダイナを見据えたまま動かない。普通に考えれば背中は隙だらけなのだが一瞥もしないだけに二人は仕掛けあぐねているようだ。

 注意を引くようにダイナが一気に踏み込んで横薙ぎを入れる。同時にミントもスティックを振り下ろしている。バックステップしつつ身体を開いたリューンは彼女の斬り落としも躱し、すり抜けると背後からお尻に一撃を入れる。


「きゃん!」

 スナップの利いた攻撃に彼女は悲鳴。

「痛いじゃないのよー」

「なんだよ。本当なら今のを背中に入れてる。エンジンが誘爆して終わりだぜ?」

「そういうんじゃない!」


 ミントが滅茶苦茶に振り回しながら詰めてくる。怒った振りをしているがそれは誘いだ。後ろからアルタミラが避けにくい胴に横薙ぎを送り込む。

 ところが少年は、見ないままでそれを左手のスティックで受け、ミントの攻撃を払い落として脳天に軽く一撃。背中で押し込むと、回転してアルタミラの胴も薙いでみせる。

 ダイナの追撃を交差したスティックで受け、弾き上げて左右から肩と胴を打った。


「これで三機撃破だ。本気じゃねえんだろうが張り合いがねえぞ。もっとガツガツ来いよ」

 薄茶色の瞳が挑戦的に細められる。それに応じて年嵩のモルダイトが腰を上げた。

「では、もう少し骨のある勝負にしようじゃないか?」

「面白え。来な、おっさん」

「これでもまだ三十一なんだがな」


 背後に死角のないリューンはそれでも攻撃を食らわないが、容易には踏み込めなくなる。チーム連携に慣れている彼らは二人一組になると途端に隙を潰してくるからだ。それでも少年は鋭く斬り込んでくる時があってまったく油断ならない攻防が続いた。


(なるほど。これが彼の力であり、使い方であるわけだな)


 ダイナはエルシの意図を明確に察した。

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