第三話

剣王(1)

 赤いターゲットシンボルが200mくらい先を飛び回っている。それほど激しく動き回っているわけでもないのに、ビームの光芒は結構ずれた場所を通過していった。


「ものの見事に当たらないものねぇ」

 吐息混じりの呆れが後ろから突き刺さる。

「本当に下手くそ」

「だから下手くそ言うな!」


 サブシートのエルシにはさっきから散々こき下ろされている。心が弱い人間ならとうにへし折れていると思えるほどに。


「あいつら、本当にこんなことやってんのかよ?」


 リューンは腕のフィットバーのグリップレバーを動かして粗照準。親指でジョグボールを操作して最終的な照準合わせをする。移動まで計算に入れて狙っているつもりなのだが全く当たらない。


「このレベルのシミュレーションなら90%以上当てるわよ。実戦でこれをやるのは遠距離射撃だからそうは当たらないけど」

 頬が引き攣る。

「やっぱり当たらねえんじゃねえかよ」

「それは敵が避けるからよ。避けなければ当たるわ。中距離からは映像ロックオン入るからもう少し楽になるけど」

「それなら俺でもいけるんじゃね?」

 楽観的に言ってみる。

「当たらなかったじゃない。向こうも撃ってくるんだから避けながらよ。或る程度勘を働かせながら狙わないと当たるものも当たらないわね。そのセンスが無いみたい」

「うがー! 俺は貶される為にこんなことやってんのかよ!」

「何とかならないか試したいって言ったのはあなたじゃない」


 確かに言った。敵と同じ距離で戦えないのは不利を招く。それを何とか解消するには試行錯誤が必要だと思ったのだ。


「何を悩んでいるのか不思議で仕方ないわ。敵の攻撃は避けられるんだから近付けばいいじゃない」

「格好つけたいわけじゃねえが、情けねえほどじゃ困る」

 フィーナを不安にさせたくない。

σシグマ・ルーン照準もあるけど負担が大きいわよ。試してみたい?」

「何だよ。便利なもんが有るんじゃねえか。さっさとやってくれ」

「ちょっと待ちなさい」


 エルシは、膝に置いていたエンジニア端末を起動させ、操作パネルを投影させるとタッチ操作を始める。


「設定したわ。視線を動かすような感覚でターゲットカーソルを動かしてみなさい」

 最初は全く感覚が掴めなかったが、しばらく試しているとだいたい分かってきた。

「おお、良いじゃねえか。結構できてると思わねえ?」

「幾らかマシな命中率ね。実戦じゃあまり当てにできないレベルだけれども」

 肩を竦めている。

「まったく、σ・ルーンとの親和性だけは人一倍なんだから。言っておくけど、主兵装としてビームカノンを考えないことね」

「分かってるって、牽制に使う程度さ」


 もう少し練習してからジャーグの実機シミュレーターを停止させてハッチを開く。外の昇降バケットにはフィーナが待っていた。


「お疲れさま。ずいぶん熱心に練習してるんだ?」

 飲み物を渡してくる。

「ありがとな。練習もせずにできるほど器用な人間じゃねえんだよ、俺は」

「嘘だぁー! だって実戦で勝ってきてるんだもん」

「まだまだだ。お前がちっとも不安を感じずに送り出せるくらいじゃねえとな」

 妹に嘘はつかない。

「大丈夫! お兄ちゃんのオペレーションナビはわたしがしっかりやってあげるから」


 その件でもエルシともめた。リューンの本音としてはフィーナを艦橋ブリッジになんぞ置いておきたくはない。敵の立場になれば真っ先に狙う場所だ。

 しかし、フィーナは頑としてオペレーターを務めるという。それが彼が一番円滑に戦える方法なのだと主張して。そう言われると思い当たる節があるだけリューンも折れざるを得ない。


「フィーナ。頼まれていたあれ、仕上がっているはずよ」

 エルシが告げると妹は飛び上がって喜んでいる。ハンガーが0.1Gなのを忘れているから、足を掴んで引き下ろしてやらねばならなかった。

「こんなに早くできたんですか?」

「兵器用の自動工作機に割り込ませたんだからすぐよ。データはあれだけだったのかしら?」

「うん、あれで全部。ありがとう、エルシ」


 姉のように彼女に懐いた妹は抱き付いていっている。


   ◇      ◇      ◇


 フィーナは兄の手を引いて、長いダークブロンドをひるがえす美女にぴったりと続く。兄が喜ぶ顔が目に浮かんで気が急いてしまう。

 ハンガー横の製造スペースに着いてからエルシが渡してくれたそれは、既に起動していた。


「お前、ペコか?」

 四本脚で駆けてきたロボットはすぐにリューンの足に絡みつく。

「そうだよ。頼んで作ってもらったの。中身はわたしが持ち歩いてたバックアップだから、そのままペコのはず」

「そうか。お前、生きてたんだな」


 さすがに兄の目元も緩んでいる。感激しているようだ。


「フィーナが無理を言ったみたいだな。悪かった。ありがとう」

 素直に礼を言っている。これでエルシへの態度も軟化すると良いと思う。

「データが無くては再現なんて無理よ。妹さんのお手柄」

「ああ、フィーナもありがとう」

「ううん」


 嬉しそうな顔が見たかっただけなのだ。

 うちで飼っていたものよりは少し精巧にできているようだが、毛皮も履かせていない、体長30cmちょっとのロボット犬。それが兄の癒しになる。

 今も、3Dアバターのペスが背中に乗っているような格好をするので、指差して大笑いしている。本当に楽しそうで、頼んだ甲斐がある。


「よーし、ペコ。お前の身体の落とし前はきっちり付けさせるからよ」


 物騒な台詞のオマケが付いて、フィーナはちょっとだけ後悔した。

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