XFi(ゼフィ)(8)

 部隊回線が響き、外の状況に艦橋ブリッジ要員は顔を顰める。


「ふん、大業たいぎょうな口をきいていたが、邪魔をしているだけではないか、あの少年は」

 教授プロフェッサーは鼻を鳴らす。

「味方を危機に陥れるだけなら下げなさい。待機要員にあの機体を使わせたほうがマシだ」

「いいえ、まだ彼らがリューンの使い方が理解できていないだけ。いずれ分かるから見ていてくださる?」

「呑気に構えていて、我らが捕縛されたり命を失ったりすれば大きな損失になるぞ」


 エルシは自席で余裕の態度を崩していなかった。


   ◇      ◇      ◇


(あれだけいじってたんだ。こいつのバランスはもう把握したぜ)

 初めは困惑した空中での姿勢制御や反動制御にも不安はない。


 樹間の広い木立を縫うように走り抜けると、隙間から透かし見える敵機に向けて跳躍する。足下を気にし始めた相手は油断はないが、狙撃にも注意を払わないといけないだけ集中はできていない。

 ジェットシールドを擦るように通り抜けると、即座に反転して推進機ラウンダーテールを噴かす。背部から貫いてブレードを解除すると、グリップだけ持ってまた降下。走る間に手首のプラグを接続してチャージしておく。


「リューン、戻れ! 君の所為で狙撃ができない!」

 部隊回線からは似たような言葉ばかりが飛んでくる。

「うるせえな。狙い撃ちしろよ。きっちり俺を貫く気で撃つんだぞ?」

「無茶を言うんじゃない! そんなの女史に何言われるか分からないじゃないか!」

「まだ分かんねえのか? あいつのほうがよほど俺のことがわかってるぜ」

 彼の能力が理解できていない。

「もういいから撃ってしまえ」

「アルタミラ! 君は……!」

「そうする」

 無口な少女が呼応する。

「ペルセ、待て!」


(そうそう)

 跳躍すると黄色い輝線が自分を貫くのが感じられる。


 一拍置いてジャーグを横滑りさせると、至近を通ったビームは敵機を貫いて爆散させた。にやりと笑ったリューンは次のターゲットへとペダルを踏み込む。


   ◇      ◇      ◇


「ブラインド……」

 その様子を見たオペレーターのハーンは呆然と呟く。

「そうよ。彼は見えているのだから躱すのは簡単なの。構わず撃てばいいのよ」

 エルシの冷たい声音に背筋を凍らせた彼は全機にそれを伝える。


 そのブラインドショットで撃墜効率が上がった頃、凶報がレーダー監視員ウォッチから伝えられた。


「二隻の戦艦が降下してきます! 軌道艦隊、剥がし切れませんでした!」


 全てではないがこちらに振り向けられた戦力が降下してきているというのだ。地上戦力の掃討に目途が付いたところで戦況の悪化は精神的ダメージが大きい。


「地上戦力は彼に任せてアームドスキン隊を降下してくる部隊にぶつけなさい」

 エルシが素早く判断する。

「無茶です! まだ地上戦力だって集まってきますよ! 僕だって両方は捌けませんから!」

「はうっ!」

 悲鳴に視線が集中する。艦橋に現れたフィーナは怯えて後ずさりする。

「あの……、お兄ちゃんは大丈夫ですか?」

「フィーナ、σシグマ・ルーンを着けてあの卓でオペレーターをなさい」

「え?」

「光学監視装置から自動で情報が入ってくるわ。それを使ってデータリンクでリューンにターゲットの指示をするのよ」

 もう一基のオペレーター卓を示してエルシが命じる。

「あなたなら彼を制御できるわ」

「はい!」


 慌ててσ・ルーンを装着したフィーナはオペレーター卓に取り付いた。


   ◇      ◇      ◇


 部隊回線で降下してくる戦力の存在が告げられてリューンは舌打ちする。


(さすがに厳しいか?)

 上から来る敵にはゲリラ戦法は使えない。


「お兄ちゃん、今からわたしが指示するから、その敵を撃破して!」

 個別の回線表示が出ると、予想していなかった声が聞こえて仰天する。

「フィーナ、お前、何をやって……」

「いいからやって! 他の人は上の敵と戦わなくちゃいけないの!」

「憶えとけよ、エルシ! どっちだ、フィーナ!」


 データリンクでモニターにマーカーが出始めた。彼はそれに合わせて機体を振り向かせる。


   ◇      ◇      ◇


 地上戦力を掃討してジャーグも加わったアームドスキン隊は、結果として一隻の戦艦を撃沈し、もう一隻を後退させた。ラングーンは今、ターナミストで隠密航行状態に入り高衛星軌道上を移動中だ。


「お兄ちゃん、食堂行こ!」

 トレーニングルームに顔を見せたフィーナがリューンを誘う。


 だが、その声に反応したパイロットたちが歓声を上げる。中には口笛を鳴らす者までいた。


「出来上がったのか?」

 彼女はオレンジと黒に彩られたスキンスーツを纏っていた。リューンのシルバーと黒のものよりは華やかで目立つ。

「うん、どうかな?」

「似合ってるぜ。ちょっとエロいけどな」

「もー、お兄ちゃんのエッチー!」


 発育の良いフィーナではそのボディーラインが際立ってしまっている。胸元はパッドが入っているだけに余計に強調されているかのようだ。


「分かった分かった!」

 拳で軽く彼の胸を叩く妹の金髪を優しく撫でる。

「似合っちゃいるが、そのショートブルゾンは脱ぐな」

「はぁい」

 そっとスライダーを上げておく。


 悪戯っぽい目で見上げてくるフィーナから彼は目を逸らした。



※ 次回更新は『ゼムナ戦記 神話の時代』第三話「フィメイラ」になります。

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