ゼムナ戦記 伝説の後継者
八波草三郎
プロローグ
触発
『
女性寄りの合成音声が伝えるべき情報は、本来その場にいるべき人物へは伝わらない。
『センサー探知圏内にターゲットを確認。接近しますか?』
「向かいなさい」
当然のようにその声は答える。
緩衝アームで懸架されたコクピットシートの斜め後ろには二席分のサブシートが取り付けられていた。その一つには、均整の取れた肢体をスキンスーツに包み、パイロットジャケットを上に羽織っただけの女性が足を組んで妖艶に微笑んでいる。
そもそもアームドスキンはシートにパイロットが着いていない状態で機動する兵器ではない。なのに彼女、エルシ・フェトレルが一言命じただけで、全高20mを超える人型兵器「ジャーグ」は僅かの遅滞も無く歩み始める。
「あれよ」
『ターゲット確認しました』
ほぼ全天を覆うモニターの正面には、転倒して横滑りする電動バイクを捨てて駆け始めるストロベリーブロンドの少年の姿が映っている。その後方では交差点を曲がってきた敵性機体が彼に向けて発砲しようとビームカノンを持ち上げていた。
「阻止」
『狙撃します』
右手の大型銃器ビームカノンを構えたジャーグは、敵の肘関節を狙って一射。しかし、アームドスキンを発見して警戒を強めていた敵機は左腕のジェットシールドを展開してビームを防いだ。もともと市街戦を想定して出力を搾った一撃は容易に防がれてしまう。
「今のうちに彼を収容」
『了解しました』
コクピット保護の意味を兼ねて、最も装甲の厚い胸部のハッチが開くと緩衝アームがシートを外へ突き出す。
「乗りなさい」
「なんだ、お前は?」
鋭さを感じさせる薄茶色の瞳が彼女を射る。
「あなたが欲するものを届けに来たわ。解らない?」
「……ちっ! そうかもな」
そう言うと、少年はジャーグの全身に目を走らせる。
「だが、口車に乗せられるのは面白くねえ」
「そんな余裕があって? 窮地なのはあなただけじゃないかもしれなくってよ?」
「なに? まさかフィーナまで!」
一瞬にして少年の形相が怒りに染まる。
「そう思ったのなら早く乗りなさい、リューン・バレル」
エルシの言に苦虫を噛み潰したような表情を見せ、「やるしかねえのか」と呟いた少年はパイロットシートへと身を沈めた。
グレーのライダースーツの背中に手を伸ばす。エルシは彼を俯かせると、後ろから馬蹄型の装具をリューンの後頭部に取り付けた。
「何だよ、これ」
「知らないの? σ・ルーンよ」
「なるほどな。これならこいつも動かせる」
未調整ながら、σ・ルーンが彼に与えた情報に納得したようだ。
(まあ、そうでしょうね)
違和感の欠片も覚えていない少年の様子に苦笑する。普通は戸惑いしか与えないものだ。
後頭部から前方に伸びる端部は、健康的な張りのある頬の横へと突き出している。途中から伸びた枝は湾曲して耳に掛かり、それほどではない全体の重量を支えているのだ。
耳の前と頬に当たる端部には極小カメラと投影部、各種センサー類が備えられていて、情報収集を開始する。
「邪魔すんじゃねえよ!」
(意識してないから、共用回線には切り替わってないわね)
彼女は機体の状況を観察し続けている。
「カノンを使わないの?」
「ぶっ放したこともねえのに、街中でこんなもん使えるか!」
「意外とセンスあるかもよ?」
エルシの誘いに一瞥を返しただけで、少年はビームカノンを腰のラッチに格納する。それは通常動作としてサポートが入り、スムーズに行われた。
だが、敵性機体はそれに付き合ってはくれない。砲口を突き出しながら接近する敵機に一足で踏み込んだジャーグは、右手で砲身を掴み引き込むように頭部に肘を入れる。奪い取ったビームカノンを持ち換えたら両手持ちで台尻を叩き付け、頭部を潰して蹴りつけた。
「付き合ってられっか!」
路面を一蹴りして機体を浮かせる。イオンジェットスラスターが咆哮してジャーグを東に向けた。
眼下を街並みがかなりの速度で通り過ぎるが、リューンにはゆっくりと眺める余裕はなさそうだ。目的地にも二機のアームドスキンが接近しているのを認めると、ひと際強く噴かして急接近。間に落とし込むように着陸した。
「無事か、フィーナ!」
強く呼びかける意識が外部スピーカーに切り替えさせる。
「え? お兄ちゃん!?」
「拾うから出てこい!」
急な騒動に怯えて縮こまっていたらしい少女が走り出てくる。右手に握らせたカノンで牽制しつつ左手で少女を掬い上げるとハッチを開いて収容する。エルシは、何か言いたげな彼女にもう一つのサブシートに着くよう命じた。
「もっとマシな武器はねえのか?」
「あとはビームブレードね」
足下から立ち上がっている2Dコンソールに、ショルダーガード内に装備されている武器が点滅して表示される。
「これか!」
「お兄ちゃん、前!」
敵機は砲口をジャーグに突き出し発砲。イオンビームがスローモーションのように迫る。
ところがリューンはジェットシールドには目もくれず、左手に握らせたビームブレードで迫る光芒を斬り裂いた。
(なるほどね)
エルシは失笑する。
「ちょっと、どうして?」
少女には今の動作が理解できなかったようだ。
しかし、リューンは事も無げに答える。
「見えるもんを斬って何が悪い!」
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