エピローグ+
真の名前
スノーブーツが新雪を踏むとサクサクと音がする。それを懐かしいと感じながらラティーナは歩いていた。
(案外身体が憶えているものなのね)
レズロ・ロパを離れてから二年以上、郊外を歩くのはずいぶんと久しぶりなのだが転んだりもしなかった。
ザナスト動乱終結からのこの半年間は本当に忙しく、何とかギリギリ気丈に振る舞っていられた。それでも少ない自由時間を泣き暮らしているのを見かねた父のレイオットはラティーナに休暇をくれる。
彼女にはどうしてもやりたいことがあった。ジーンの墓参りである。ユーゴの死を報告して詫びなければ心の整理などつかないと感じている。本当にそれで吹っ切れるとは思えないが、契機の一つくらいにはなるだろうと思う。
(あ、融雪装置が機能したままだわ)
見えてきた我が家に積雪はない。
(どうしようかしら? 思い出が多過ぎて残しておきたいから電力も活かしてあるけど管理できそうにないわ)
エネルギーパネルもいつかは寿命を迎えてしまう。そうなれば積雪で潰れてしまうだろう。金銭的には問題無くとも単なる我儘を通して良いものか?
(整理が付いたらまた考えよう)
そう思いながら回り込む。
歩き方は身体が憶えていても体力は落ちているようで少し息切れしてきた。ラティーナは息を弾ませながら、初めて見たジーンの墓まで歩を進める。
(おば様、戻ってきました。お詫びします。私、ユーゴを止めることができずに行かせてしまいました)
結果として死なせてしまった。
第二艦隊司令から聞いたリヴェリオンとナゼル・アシュー三十機の戦闘は苛烈で、とても所属機が介入できるようなものではなかったらしい。
終了後に近衛艦隊及び第一艦隊まで加わって大規模な捜索が行われた。リヴェリオンは一部の部品が発見されたのみで、パイロットの発見には至らない。アームドスキンの戦闘ではそう珍しいことではなく、ユーゴは戦闘行方不明者として扱われることになった。
(最後まで彼に頼りっきりで何もかも背負わせたまま逝かせてしまった。どれだけ悔いても悔いきれない)
悲しみだけが募る。
(恨んでくれても構いません。ガルドワグループとボードウィンはこの罪を背負う義務があります)
グループ内の事案の犠牲者として扱うつもりだ。
(私は……。あれ?)
何か違和感がある。
(このお墓……)
養母の手を握るようにそっと触れる。
(雪が積もっていない?)
その時、背後で雪を踏む、キュッという音が鳴った。
「帰ってきちゃったんだね?」
ずっと恋焦がれていた声がラティーナの耳朶を打つ。
「忘れてほしかったんだけどな」
「そんなこと、絶対に無理って決まってるじゃない!」
身をひるがえした彼女は背後から声を掛けてきた人物に跳び付いた。二人はそのまま雪の上に折り重なって倒れてしまうが構いはしない。力の限り抱き締めた。
「どうして! どうして戻ってくれなかったの!?」
「君にとって僕っていう存在が一番危険なんだよ」
「私がこの世界で一番あなたを必要としていても!?」
ブルネットの髪の少年はどこか困ったような、それでいていつもの優しい笑みで嗚咽を上げるラティーナの髪を撫でる。
「それが僕にとっても一番大切なものならね」
「馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿! ずっと傍にいてくれないと絶対に許さない!」
「それは困っちゃうなぁ」
言い訳しようとする口を自分の唇で塞いだ。
(温かい。生きている。生きていた!)
喜びが爆発して、ずっとずっとそのまま身体を離さなかった。
◇ ◇ ◇
翌日。
ラティーナはユーゴの跨るスノーバイクの後ろに乗っている。今、少年は母親の使っていたバイクで自然動物観察官の真似事をして暮らしているらしい。こうして巡回するのが日課なのだそうだ。
「そんなに抱き付かなくったって振り落としたりしないから」
居心地が悪そうに身じろぎする。
「何を照れているの? もう私の何もかもを知っているくせに」
「そうは言ってもさ……」
心も身体も何もかもだ。
ラティーナは上機嫌でそのまま身体を密着させている。今はそれだけで他のことなんてどうでもよくなっていた。
「ん?」
ユーゴが首を捻っている。
「どうしたの?」
「うーん、今日はいつになくいっぱい動物が集まっているなって思って」
そう言われれば木立のそこかしこに大きいものから小さいものまで多種多様な動物の姿が見えた。肉食の仲間から草食の小動物まで数多くの動物たちが並走していると感じられる。スノーバイクが停車すると、周りを取り囲むようにこちらを眺めていた。
「珍しいなぁ」
「そう? 私はそんなふうには思わない。だって彼らには分かっているんだもの」
白い巨人が守る森に多くの動物たちが集まってくる。それはきっと自然なこと。
「あなたが
〈完〉
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