破壊神のさだめ(前編)(10)
「僕が表の顔として立ってあげるよ」
モーガンを相手にユーゴはそう宣言する。
「表の顔?」
「ああ、
「
戯言だというように鼻で嗤う。
「いや、協定者の僕がって言ってる」
「む! そうか」
「察しが良いね」
会長レイオットは組織としての
それがユーゴを表に立てると勝手が変わる。いくら潔癖でもレイオットは協定者を絶対に切り捨てられない。協定者を拒絶した、或いは見放されたとなれば国際上グループイメージの低下は計り知れない。
「容れるしかなくなる。それから徐々に思想を浸透させていけばいい」
彼はきっかけを作る提案をしたのだ。
「どれだけ思想が貴かろうが人権派っていう人種は強情でしょ? なかなか受け入れたりしない」
「そうだ。我らがどれほどグループの繁栄を願い、真の平和のために高き思想を掲げようが秘密組織として活動しなくてはならなかったのはその所為」
「あんたの方針だって得られるのは妥協でしかない。しこりは残り、いつか排除されるんじゃないかとビクビクしていなくちゃなんない」
モーゼンは認めたのか沈黙を守る。
「ところが僕を代表者に立てただけで状況は一変する。もしかしたら歴史に名を残せる組織になるかもね?」
後世に真の平和をもたらす思想だろうが、現状では組織本体は歴史の闇へと消えていくしかない。それが、いずれは表舞台に立てる組織に変わると説く。名誉欲の甘い誘惑を匂わせる。
「……そうかもしれん。だが極論だ。そんなに上手くはいくまい」
慎重な一面を見せる。
「なんでさ」
「会長は組織に大きな権限を認めたがらないだろう。お前は認めても儂らを容れるのは難しいはずだ。指揮系統が歪になるのを厭われるだろう」
「ああ、今の代だと厳しいかもね。レイオット会長だと」
組織の長らしき考え方だ。理解できなくもない。
「でも、すぐに代替わりの時がくるよ。紛争の責任を取る形でね」
「プリンセスもボードウィンの血を持つ方だ。潔癖なのではないか?」
「ラーナなら僕に情を寄せてる」
笑いに表情を歪める。
「篭絡する気なのか?」
「人聞きが悪いからやめてくれない? 頼みごとを聞いてもらい易くするだけ」
さすがにモーゼンの顔色が変わる。自分たちが生み出したものが何に成長したのか測りかねているのだろう。心の準備が間に合っていないうちに畳み掛けておかなくてはならない。
「何も全部寄越せだなんていわない。僕がこれからの活動の表の顔に座る。事実上の指導者はモーゼン、あんたのままでね」
もう誰も口を挟める者などいない。
「僕はラーナを含めて欲しいものは全部手に入れる。あんたは勝手に求めるものへと邁進すればいい。お互いさまでね」
「……話は分かった」
モーゼンは大きく息を吐いて思索にふける。
「しかし、お前に何の得がある。プリンセスを得たいだけでは割に合うまい? 権威を求めているようには見えん。なのに進んで我らの傀儡になるというのは奇妙な話ではないかね?」
急な変節を訝っているようだ。これまでの経緯は少年の疑心や侮蔑、怨恨を買うに足りるという自覚くらいはあると見える。
「調べたんだよ、リヴェルの力を借りて色々とね」
どうして分からないといわんばかりに手を振る。
「
「強大な力を必要とするからではないかね?」
「いいや、破壊するだけなら
彼は疑問の答えを持っていないらしい。
「ただの道具だと誰でも使えてしまうから。邪な人でも扱えてしまう道具では困る。破壊神しか使えない道具だからこそ意味がある。そして、それを制御する
「昔の神話にはそう記してあったのか」
「そう。更にもう一つ理由がある」
これは真実だ。神話にまつわる古い希少な文献を紐解くと意外な事実が露わになっていった。それをユーゴは彼らに告げる。
「御された
モーゼンは驚きに瞠目している。
「そんな役目が……」
「
「おお、なんという天啓!」
天を仰ぎ、両手を差し出したモーゼンは陶酔の形相で声を震わせる。自らを肯定された気持ちなのだろうと思われる。
「冗談じゃないんだよ。戦場で消費される立場で消えて堪るもんか」
ユーゴは静かながら力のこもった声音で応じる。
「そんな破壊神のさだめなんかに従えない。僕は僕の手で未来を掴む。そのために自分への役割を見つけなくちゃならない」
「組織を利用すると?」
「僕を利用するんなら、そのくらいは認めろ。僕が居なきゃ
豪胆に告げた彼を皆が見つめる。その中には畏怖に近い感情までもが含まれていた。少年は納得させるに至ったのだと知る。
※ 次回更新は『ゼムナ戦記 伝説の後継者』第十五話「血の意味」になります。
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