第十五話
破壊神のさだめ(前編)(1)
近衛艦隊司令サム・サウギークは軍本部のロビーでとある女性と遭遇する。彼女はアライア・ドミトリー。
「おや、ドミトリー殿、貴官の第二艦隊は寄港中でしたか?」
訓練に熱心で有名な艦隊なので、そんな言葉が口をつく。
「ええ、サウギーク殿。いくら我が艦隊の宙士たちでも、尻を叩いてばかりでは疲れてしまいます。休養も必要。近々作戦もありますので」
「ほう、重要な任務なのですな」
最後の一句は声を潜めているので、そう察する。
「いえ、簡単な警護任務なのだけど、少し神経を使う相手だと思っていますの」
「要人の方ですか」
「はい、
出てきた名前に引っ掛かりを覚える。
ボードウィン会長より要注意人物として聞いている相手だ。分かる範囲で動向に留意する必要を感じる。
「大変ですな」
そうと知られないよう、おざなりに応じる。
「体力的な疲れよりは気疲れのほうが多そうです。差し障りのない程度に距離を取りますよ。それが日常の、それも会長の直下で働く貴官から見れば噴飯ものでしょうね」
「いえいえ、接する機会も多ければ気心も知れるもの。急にそういった任務に当たるのとは少し事情が違うでしょう。何かあればいつでも相談に乗りますよ」
「そうさせていただきます。それに楽しみがなくもないので」
彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「貴官にそんな顔をさせるのは何事ですかな?」
「戦場視察ですのよ。行き先はザナスト討伐艦隊になりますもの。もしかしたら噂の協定者に会えるかもしれないんじゃないかしら」
「なるほど。あり得ますな」
興味本位という仕草を見せておく。その裏で(どうやら当たりだった)とサウギークは思い始めていた。
「では自分は後方で貴官の幸運を祈っているといたしましょう。帰還後には土産話でもうかがえますかな? もちろんお食事がてらにでも」
柔和な表情を心掛ける。
「あら、奥方に叱られてしまいますよ?」
「まさか。自分にそんな甲斐性など無いと思われていますから」
「そう思っているのは男だけ。ご立派な宙士を夫に持つ方は心配なされているものと心得ておくのをお勧めします」
アライアは嫣然としている。
未だ独身の彼女は部下に人気がある。屹然としていながらも女性の持つ柔らかさを感じさせれば男は奮起したくもなるし、女性宙士の尊敬の的にもなる。
「ではまたご連絡しますよ」
「何かの時はよろしくお願いしますね」
社交辞令を交わして別れる。
その足で隅の交信BOXに入ったサウギークは、相手の呼び出しコードを打ち込む。普段はあまり使うことのない、念のためにと教えられていたものだ。
「何でしょう、サウギーク殿」
すぐに応じてくれる。
「突然申し訳ない、グワイス殿。実は……」
通信の相手は会長秘書官アード・グワイスだ。
そんな会話が機動要塞ジレルドーン出現前に交わされていた。
◇ ◇ ◇
「視察メンバーの調査は進んでいるか?」
レイオット・ボードウィンに尋ねられたアードは言い淀む。
「……進めてはいます。ただ確実と言えるものはご用意できておりません」
「主要なところが押さえられていればいい。と言ってやりたいが、これほどの好機はない。すまないが極力確度を高めてくれ」
主従の意見は一致している。その視察はおそらく
「主だったメンバーは判明しております。エヴァーグリーン型最新大型戦艦の評価実験も兼ねていると謳っています。乗艦できる人員は数百名に及ぶと考えられます」
レイオットも頷く。同意をもらえているようだ。
「リストは内々のものが存在しているかどうかという感じで……」
「難しいのは分かっている。それでも人が動く以上、何らかの情報があるはずなのだ」
「はい、各部門の管理職を対象に各々のスケジュールチェックを行っておりますが、なにぶん多岐に及んでいます。偽装も考えられる以上、踏み込んだ調査も難しく難航しております」
会長から必要な人員を与えられているものの、あまり強引に進めて調査を覚られてはいけない。その辺りのバランス調整でアードも頭を悩ませていた。
「今しばらくお時間をください」
腰を折る。
「無理をするな。内調を覚られないようにするのを第一に考えればいい。万が一にも中止させてはならないぞ」
「了解しております」
「並行してサウギークに極秘裏な出港準備をさせている。第一艦隊も動員するつもりだ。拿捕させれば当座、首脳部は捕縛できると考えられる」
視察メンバーを現行犯で押さえるのは難しくはないのだ。それだけの戦力はガルドワグループにある。
ただ、事前にメンバーを確認するのは参加していない周囲の人間を押さえ、その中から
「慎重かつ大胆に進めよう。頼むぞ、アード」
「御意に従います」
上司の信頼が心地いい。
主従は真剣な面持ちで方法に関する議論を深めた。
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