破壊神のさだめ(前編)(2)
徐々に軌道を上げてきている敵機動要塞ジレルドーンに対し、ガルドワ軍討伐艦隊は中間位置に戦線を引きつつ停泊している。前回の戦闘で大きく破損したオルテーヌはドック艦に係留されており、エヴァーグリーンとアイアンブルーの二隻も技術士を入れて本格的な修理を行っていた。
激戦に継ぐ激戦で傷みの激しいフォア・アンジェの三隻は一部艤装交換も必要としている。要塞攻略を確実に成功させねばならない以上、ここは時間を掛けても戦力として十分な状態に持っていくべきだと考えられてのことだ。その辺りはレイオットとも諮っていた。
(物資は適時補給してきたけど兵員に関しては休息は十分とはいえないわよね)
ベッドで眠る少年を見ながらラティーナは苦悩する。
(ユーゴに関しては特にそう。あまりに負担を掛け過ぎている)
精神的にも身体的にも限界を迎えたのだろう。彼は帰還後に倒れてしまっていた。
「バフレー先生、ユーゴの状態は?」
少年が倒れて三日にもなるが、司令官として全体の意思決定や軍上層部との交渉に忙殺されていた彼女は、艦医からの容態説明も聞けていない。
「単なる過労だと言ってしまえばそうなんだがね、彼はまだ十五の少年。様々な負荷が大き過ぎるとこうなってしまう。理解してほしいものだね」
「申し訳なく思っています。でもユーゴに頼るしか他ない状況というのも分かってください」
「うむ、わしも軍医だ。その辺りのことも理解している。何しろ、こうして生き延びているのはユーゴ君の働き有ってだというのもね」
彼の特異性を知りながらも普通の子供として扱ってくれるのはありがたい。
「ただし今は権限を行使させてもらった。若いから数時間で目は覚ましたが、三日間の安静を命じたのだよ。そうしないとベッドに縛り付けなくてはならなさそうだった。今も睡眠剤を処方して休ませている」
「ありがとうございます」
心底から感謝している。協定者である彼に強制的な休息を命じるのは権限を逸脱している。個人的に懇願すれば聞いてはくれるだろう。それでも何がしかしようとはするはず。
しかし、健康管理を司る艦医だけは特別な権限を持っている。それに逆らうのはユーゴだとて無理だと思うだろう。大人しく服薬して眠っているのがその証拠。
「本当なら司令官殿にも処方したいところなのだが?」
やんちゃ坊主のような表情を見せる。
「もう少し無理させてください。一線で働いているパイロットたちに比べたらわたくしの疲労なんて可愛いものです」
「そう言ってくれるお嬢さんだから少年もあの連中もいつも以上の働きをと頑張ってしまうんだろうね」
「そうさ。血統を笠にふんぞり返っているだけの司令官だったら、誰もプリンセスに付いていこうなんて思わないって」
レイモンドが優しくフォローしてくれる。
「自分は先生に賛同しています。閣下は今少し楽に構えていらしてほしいと願っているので」
「ありがとう、エドゥアルド。この後はちゃんと休みます。あなたたちも休んでね」
「了解ですよ、プリンセス」
軽い調子のレイモンドは「プリンセスと呼ぶな」とエドゥアルドから肘鉄を食らっている。彼らに休息させるためにも自分も休まねばならない。横になって考えを纏める時間もほしい。
(
(戦闘記録だけでも収集データとしては十分な気がする。でも、彼らの方針の根底に思想的なものが強いのであれば、できるだけ近くで結果を観察したいと思っても不思議じゃない。光学観測が可能な範囲に潜める場所を設定するのが理想よね)
そこで罠にかける。
(ザナストに致命的なダメージを与えて極力早く沈黙させる。そのうえで一気に包囲して拿捕、捕縛に踏み切る。お父様の繰り出す戦力との連携が重要)
それが最終局面になる。
そこからは簡単。視察メンバーの取り調べや、
全部が済んでしまってから各国へ向けて紛争解決の報告と、原因となった
企業国家としてのガルドワの国力は減退必至である。それは覚悟のうえだ。
(それからの信用回復を私の代に期待しているみたい。そんな器があるのかしら)
レイオットの思惑はそうらしい。
(そういう時こそ一番頼れるのがきっとユーゴ。協定者が前面に居る限りは批判の論調も和らぐはずよ。それがガルドワプリンセスの伴侶であるなら更に効果的)
打算の部分でもあり、最大級の効果も得られる策だと思っている。
(私の希望にも適ってるし、理想的な展開よね。これだけ今頑張っているのだから、幸せがそこに含まれているくらい願ってもいいでしょう。一挙両得っていうの?)
彼女が描く未来図は合理的かつ希望に満ちている。
司令官としては最悪の事態を想定して作戦を立てながら、理想の未来に思いを馳せる。それを糧に頑張るのみ。
それができるのはラティーナの乙女な部分だと思われた。
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