機動要塞ジレルドーン(4)
出現した機動要塞ジレルドーンに張り付いて監視していた偵察機を収容した討伐艦隊は、攻略作戦概要に従いアームドスキン隊の展開を始める。当面は詳細な作戦は立てられておらず攻撃しての様子見、要は小手調べである。
なにせ内包している戦力も類推でしかない。どの程度保有しているのか、ひと当てしないと分からない。ブリーフィングでは状況に応じて現場指揮官が柔軟な対処を行う手筈になっていた。
「今のうちに少し」
司令官シートに掛けたラティーナに個別通信が繋がり、一時間前まで顔を合わせていたオービットが姿を現す。
「なにか?」
「現状難しくなっております」
「はっきり言ってください」
2D投映パネルを操作してミュートにし、
「クランブリッド宙士の動きが不穏です」
「監視させているのですか?」
「そうするしかないのです」
不機嫌さが顔に表れているのだろう。歯切れはよくない。もっとも、不興を買うのは承知の上でそういった指示をしているのだろうが。
「引き続き
「把握しています」
「知っていながら使うと?」
「戦略上、他に選択肢があるなら教えてほしいものです」
敵の大戦力に対するにも、『トランキオ』というコードだと判明した大型戦闘宇宙機に対するにも、不可欠となるのがリヴェリオンである。
「無論承知しています。ですが、この前のように離反した場合の対策は考慮しておくべきかと?」
「我々がそうであるように彼も無策ではありません。応じて合わせるつもりでいます」
「あくまで不利益な行動はしないと押し切るおつもりで? それは大局を見る立場の者として不確定要素を容認する判断だと思われます」
排除しろと言いたいのではなさそうだ。ただ、戦略戦術家のオービットにしてみれば明確で過大な不確定要素は切り離して考えたいのだろう。
(とはいえリヴェルの確証が得られているとも言えないのよね。それを伝えるとオービットは先回りした策を打とうとするに決まってる。逆にそれがユーゴの意図を妨げる動きになるのも困るのよ)
ラティーナにしてみれば彼の作戦とユーゴの思惑を切り離した視点で常に把握するのが肝要だと思っている。
「器を見せなさい。わたくしの懐刀だと呼ばれたいのなら、彼をも飲み込む戦術を立てて見せるべきです」
意地の悪い台詞を投げ掛ける。
「困りますね。そんな言い方をされると度量を見せねば閣下の後ろに立つ権利を失ってしまいそうです」
「難しいことを言っているのは承知しています。が、それを期待しているのも事実だと思ってください」
「了解いたしました」
オービットとてリヴェリオン抜きでの対策など不可能だろう。艦隊兵員の不安を代表して具申しているとも自負してのことだと思う。
それでも事態は新たな展開を迎えた。具体的な脅威を前に首脳部が迷走しているようで話にならない。
(ここは落ち着いて全体を掌握していると見せなくてはいけないところなの)
心掛けねば態度にも表れない。
透過金属窓の遥か彼方には巨大構造物が迫ってきている。
◇ ◇ ◇
(まずはあの
そう考えながらユーゴはヘルメットを被る。
決して広くはない昇降バケットの中には整備士のリズルカもいる。彼女は不安げな眼差しを少年に向けていた。
(何日か前からそうってことは、あれを見ちゃったんだな。どうしよう?)
無視という選択肢は無い。怖がらせたままというのは不本意なのだ。
「リズ」
呼び掛けながら手を握る。少し震えたが振り払われたりはしない。
「死なせたりなんかしない。約束するから。疲れて帰ってきた時くらいは笑顔で迎えてほしいな」
「……! ごめんなさい! あたし、そんな顔してました? 疑っているわけじゃないんです。ユーゴ君がどれだけ優しい子なのか知っています。でも、すごい勢いで大人になっていっちゃってるから少し危うげに見えて」
「うーん、それを言われるとつらいかな。不慣れな背伸びをしていると思うよ。でも、僕は君やラーナの未来だけは守ってみせるから」
強めに握った手を放す。微笑んだままバイザーを降ろすと、パイロットシートへと腰掛けベルトを締める。
「ユーゴ君……」
「心配しなくても無茶して自滅なんてしない。まだ死ねないんだ」
「はい、ちゃんと笑顔で待っているから帰ってきてくださいね」
「ありがとう」
その言葉だけで勇気が湧いてくる。
(まだだ。本当にすべきことは、あの馬鹿でかい欲と傲慢の塊を壊すことじゃない。その向こうにある。こんなところで死ねるもんか)
バケットがキャットウォークへと収納されるのを待って
(いつか本当の笑顔で満たしてあげる。それが僕が生まれた意味だと思ってるから)
ユーゴは電磁場カーテンの向こうへと白いアームドスキンを向かわせた。
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