機動要塞ジレルドーン(3)
ラティーナは深呼吸を一つして気を静める。沈思していた彼女を慮るように寄り添っているジャクリーンに目配せで沈黙を促し、或る考えを試みる。
「リヴェル、答えてください」
ゼムナの遺志に呼び掛ける。
「全てとはいかないまでも、呼ばれた時くらいは反応できるよう手を広げているのでしょう?」
『よく気付いた。汝は聡明だな』
応えがある。
彼の言葉はラティーナの
そう思って視線を送ると彼女も頷き返す。それで聞く姿勢に入ってくれた。
「リズルカに彼らとの接触を教えたのはあなたなのでしょう?」
内心はよそに、できるだけ落ち着いた声音で尋ねる。
「彼女が私に報告するのを見越してのこと。最終的に私に報せるためにユーゴのσ・ルーンと繋げたのですね?」
『然り』
「彼の思惑を邪魔したいがためじゃない。それは逆。私が案じるあまりに彼の動きを邪魔する可能性を排除するため?」
沈黙が雄弁に語る。まるで笑いを噛み潰しているような間が開く。
そして、彼女のアバター、サミルが浮かび上がった。いつもの忙しない動きは影をひそめ、微笑みを讃えて見下ろしてくる。さすがにリヴェルでも、ユーゴのような高機能型ではないσ・ルーンでは自身のアバターを投射する機能まではなかったようで、サミルを制御下に置いたのだろうと推測できる。
「ユーゴは何をしようとしているのですか?」
答えを得るのは難しいと思いながらも、つい問い掛けてしまう。
『知らぬほうが良い。知れば汝は余計な動きをしてしまうだろう?』
「否めません。あなたの推測通りです」
『無闇に迷わず静観せよ。あれが汝の害になるような行いをすると思うか?』
痛いところを突かれる。
「それだけは無いと断言できます」
『ならば軽挙は慎むが良かろう』
「そのために報せてくださったのですね。あまり不安がらせないために。これからもそれとなく伝えてくださるのでしょうか?」
リヴェルの笑みが深まる。
『気にはなろうが汝は汝の務めに邁進せよ。とはいえ払い除けるのは難しいのだろうが。それが人というものよ』
「あなたには児戯に等しく映るのでしょうが、迷いながらも足掻き続けるんだと思います」
『それもまた興味深い』
リヴェルに御されたサミルの面持ちが慈しむものに変わる。
ラティーナが礼を告げると彼は鷹揚に頷いた。サミルがハッと気付いたような挙動を見せると、慌てて飛び回り始めたので去ったのだと分かる。
ジャクリーンも安堵の息を吐いた。ゼムナの遺志を怒らせるようなことにならねばいいと案じていたのだろう。
(結局、何の答えももらえなかったのだけど)
困ったように眉根を寄せるも苦笑い。彼の手の平の上で転がされただけ。
(ただ、私にとって有利に働く状況を作り出そうとしているのは間違いない。それを確実に把握するのが肝要)
呑気に構えているわけにはいかない。注意を払っておかねばならない。
(言動からしてユーゴは
いくらリヴェルのサポートを受けたところで難しいと思う。少年は弁舌に長けたほうではない。
(彼のほうから働き掛けて存在を認めさせる? 組織内での発言力を得てから仔細に調べ上げようとしているのかも)
こちらのほうが可能性としては高いだろうか。
(逆に
これは飛躍し過ぎているだろう。効果的といえども、彼はそこまで器用ではない。
「かの方にああもおっしゃられてしまうと不用意に詮索できませんね?」
ジャクリーンが淹れ直したカップを置きながら言う。
「どっちかっていうと難しいかもよ。何らかの動きがある時は予兆を掴んで事前に手を打たないといけないんだもの。あれこれと気に病んでいるほうが楽」
「そうかもしれません。ですが、彼に注目しているのはラティーナ様だけではありませんので、何くれとなく力添えがあることと思いますよ?」
「あなたまでそういうふうに言うの?」
思わず失笑する。
「この前お父様に、人の恵まれる才能だけは私のほうが上って言われたばかりなんだけど」
「それでしたら、わたくしの予想は間違っていないということですわね」
「はいはい、分かりました。せいぜい盛り立て甲斐のある司令官をやりますよ。それが一番っていうことなんでしょ?」
二人は目を合わせ、ころころと笑い合う。それは本当の姉妹のようである。
(ここからの局面は慎重に慎重を重ねないと。一つ掛け違えただけで全部が壊れそうな気がする。それでも人生にこんな苦境なんて何度も無いはずだもの。命を懸けて得たものは、この先の宝となると思って頑張らなくちゃ)
決意と覚悟だけは忘れないようにしようと誓うラティーナだった。
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