混沌の宙域(10)

 未確認の大型戦闘機が特務艦隊に急迫し、一隻が爆沈した。ラティーナはその報告を受けると同時に望遠パネルでも確認している。


「だ、大丈夫です。ルーゼリア様は旗艦の後方、10番艦へと移動されたのをレーザースキャンで確認しております」

 観測員ウォッチが気を利かせて報告する。

「ありがとう。でも、敵の動きの観測に重きを置いてください」

「追撃させましょう。危険な状態です」


 観測員が指示を了解するとともにオービットが戦力の投入を進言してくる。母親に万一のことがあれば彼女の戦意が折れるのではないかと危惧しているのだろう。見くびられていると感じる。


「不要です。特務のアームドスキンが追撃に入っています。こちらの戦力を割く必要はありません」

 一部が戦列を離れて艦隊の救援に回ろうとしている。

「もしものことがあっては……」

「くどいですよ。我らは二倍しようかという敵と戦闘中なのを私は忘れていません」

「了解いたしました」


 その回答で副司令の及第点をもらえたかどうかは分からないが、少なくとも不服そうではない。もっとも彼の表情が明確に読めた試しがないが。


「特務艦より通信。開きます」

 通信士が鋭く告げる。緊急コードでも付いているのだろう。

「助けて、ラティーナ! 敵がくるの!」

「お母様……」

 相手は予想通りルーゼリアだった。

「敵はいます。ここは戦場ですから」

「何を落ち着いているの? わたくしが狙われているのですよ!」

「その戦闘機はお母様だけを狙っているのではありません。母艦を沈めてアームドスキン隊の動揺を狙っているのです」

 事実を淡々と説明する。

「何でもいいわ! 助けてちょうだい!」

「それはあなたの同志に頼むべきです」

「どうしてそんなに冷たいの!?」


 母には理解できないらしい。ラティーナの腹の底で怒りがふつふつと煮えたぎっているのが。


「なぜ自分だけ助かるべきだとお考えなのでしょう?」

 恫喝に近い声が出てしまう。

「ここに居る私の兵たちは、あなた方御者神ハザルクが生み出した実験場のような戦場で命を懸けてくれているのです。その兵に母だけを助けてくれと命じろというのですか? この状況を作り上げるのに加担したあなたを? できるわけありません」

「ラティーナ?」

「私とて同じこと」

 青褪める母に明言する。

「もし、ここで自身が命を散らせても不思議などとは思いません。そういう場所に身を置いているのです。怖ろしく思っていても覚悟だけは常にしています。お父様もそう。後方にいらっしゃっても、いつも命の危険と背中合わせの場所で社員を思って飛び回っているのです。なぜお母様だけが平凡な幸せを求めていいと思ってしまったのですか?」

「……でも」

「寂しかったから? それがお母様の戦うべき相手だったのではないですか? 疲れて帰ってくるお父様のために癒しの場所である家庭を守ると、そう自分に任じられたのではなかったのですか? 古い考えだとは承知しています。ですがお母様は解っていらっしゃると思いたかった」


 皆のいる前で口にするのは恥ずかしい本音だった。でも、ぶつけずにはいられないというのも本心だった。利己に走った母親を諫めずにはいられなかった。


「お覚悟を」

 見つめてくる母に表情を引き締めて告げる。それで理解して欲しかった。

「そんなっ! いやっ! 死にたくない! ラティーナっ!」

「兵の健闘を祈り、自らの運を信じることです」

 できるのはそれだけだ。

「司令官閣下! 私が悪うございました! どうか救援をお願いします! 如何な罰でも……!」


 横から割り込むように助命を嘆願してきたのはロークレーだった。彼らを含めた元エヴァーグリーンクルーもそこへ送られたようである。


「貴官の所為で命を落とした多くの兵に同じことが言えますか? 全く愚かしい」

 呆れを通り越して憐れさえ感じる。

「一番覚悟が必要な人間でしょうに」

「そう申されても、まさかザナストの連中がここまでするなんて思いもしません! 予想外に過ぎます!」

「それは思い上がりも甚だしい。見下していた報いです。彼らのほうがよほど未来に貪欲ですよ」

 そこで消沈していたルーゼリアが目を見開き、「ああっ!」と悲鳴を上げる。

「ラティーナ、わたくしを……!」

「恨むぞー!」


 パネル内の映像が光に白く染まる。「好きになさい」とラティーナは呟いた。


「閣下、また一隻撃沈です」

 青白い閃光の星がまた一つ生まれる。先刻から特務艦は次々と撃沈され、これで五隻目だ。ただ、今回の閃光はラティーナの母をどこかへと連れ去ってしまった。


(お母様、あなたは誤りました。一つだけ、お父様に直接裁定を下す苦行を強いなかったのだけは悪くない結末だったかもしれません)


 臍の辺り、身体の奥底から震えが駆け上ってくる。それを下唇を噛んで耐え、通り過ぎていくのを待った。自分はまだ戦える。


「戦況は?」

 冷静さを刷いた面持ちで問い掛ける。

「アームドスキン隊は一進一退を繰り返しています。ですが、特務のほうは崩壊寸前です」

「物資が心許ない状況です。補給を受けねばなりません。オービット副司令、撤退のタイミングを模索してください」

「承りました」

 絶え間ない閃光を見つめる。

「抜けた! 来ます! リヴェリオンです!」


(お願い、ユーゴ)


 厳しい戦況を打開してくれるのは、あの白いアームドスキンだろう。

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