混沌の宙域(9)

「アクス・アチェス」

 ともしびの色には見覚えがある。しかし、その速度はアームドスキンの比ではない。

「あれは何?」

 ユーゴは接近すべくペダルを踏み込む。


 絡み付いていくる敵機を掃討しながら苦心して軌道上近くにリヴェリオンを滑り込ませると、アームドスキンのような人型ではない先太りの木の葉のような形状をした宇宙機が飛んでいる。

 全長は30mほど。偵察機の類とは違うように感じる。何よりパイロットは一人だけのようだ。アクスを偵察機などに乗せる理由がないと考えれば戦闘宇宙機なのだろう。


『未確認機であるな』

 リヴェルも過去に触れたデータの中に該当機体が無いらしい。

「どっちにしろ行かせられない!」

 高速の機体にビームカノンの偏差射撃は直撃コースで迫る。ところが敵機に当たる直前にビームは向きを変えて虚空へと去る。

「偏向した!?」

『歪曲磁場であるな』

「あの大きさで?」


 戦闘艦が搭載している防御用歪曲磁場をアームドスキンが使えないのは、その発生器が大型でエネルギー消費が高いためだ。重量は反重力端子グラビノッツで解消できても、かさむ容量と必要とするジェネレイター出力を加味すると戦闘機には命取りになる。良い的になるだけの鈍重な機体になるならば搭載する理由にならない。

 それは偵察艇などにもいえることで、小型艇などにも搭載されていない。主に搭載しているのは宇宙要塞と軍艦で、民間船舶でもコストパフォーマンスを考慮して搭載しているのは一部に過ぎない。


『かなり小型化されておる。が……』

 彼は観察しているのだろう。

『磁場強度にばらつきがある。常に全体を覆っているわけではないようであるな』

「それって欠陥なんじゃないの?」

 穴だらけの防御では意味がないように思える。

『制御できていれば使えるであろう。あのようにな』

「わぁっ!」


 戦闘機の上部八門から撃ち出されたビームが偏向し、微妙に角度を変えてリヴェリオンを襲う。慌てて回避しつつもフランカーで反撃。だが、そのビームも偏向してアクス機には届かない。


「逃げるな、アクス!」

 通過しようとする相手に吠える。

「貴様か。今は相手をしていられん。礼をせねばならんからな」

「なんだよ、それ!」

「そいつらと遊んでいろ」


 放っておけば母艦を沈められる恐怖におののいたザナストのアームドスキン隊が包囲しようと群がってくる。彼の言う通り、アクスだけに集中しているわけにはいかないようだ。


(あれはすごく危険な、禍々しい感じがした)


 追い縋る敵機に攻撃を加えながらも、飛び去る機体の印象が脳裏から離れない。


   ◇      ◇      ◇


 調整に手間取って攻撃艦隊に彼が組み込まれることはなかった。それも完了し、データの吸い上げも行ったあと、アクスは長駆戦闘宙域へと機体を飛ばす。

 幸い、その機体は極めて高い機動性と航続性能を有している。多少出遅れたとしても戦闘参加は可能だと見込んでいた。


(これほどの贈り物だ。相応の礼は返しておかんとならんからな)


 当初は討伐艦隊相手に披露すればいいかとも思っていたが、戦闘宙域近くまでくるとデータリンクで本来のお礼の相手が向こうからやってきていると分かった。それならばやることは決まったも同然だ。


(実に痛快。これが本当の俺の力だ)


 戦闘宙域外縁をかすめるように飛んでいると破壊神ナーザルクの白いアームドスキンが攻撃してきたがあしらってやる。アームドスキンの火力では彼の機体に傷一つ付けられないだろう。

 御者神ハザルクとかいう愚かな秘密組織が運んできた『破壊の槍』という戦闘宇宙機には。


(技術屋どもはこれを『アームドマヌーバー』と呼んでいたが、そんなのはどうでもいい。要は俺に見合う働きができる機体かどうかだ)

 どうやら十分に使える道具であるようだ。思うがままに暴れられ、成果を挙げられるのなら最高の贈り物といえよう。自然と湧いてきた哄笑に身を委ねる。


 その高揚感が何を意味するのかまでアクスは気付いていない。既に貪婪どんらんという毒に侵された彼の身体に、新たな毒が注がれてもそれと分からないということだ。


「それ以上接近するな。戻って戦闘を中止するよう伝えろ。こちらは特務艦隊だぞ」

 特殊回線で呼び掛けてくる。登録されている回線なのは当然だ。元は彼らが寄越した機体なのだから。

「分かっている。礼をしにきただけだ」

「不要だ。それを使ってすべき事をしろ」

「だからこれがすべき事だと言っている。貴様らの作ったこの『トランキオ』のな!」


 アクスはトリガーを絞る。機首に口を開けた大型砲門が直径3mに及ぼうかという重金属イオンビームを撃ち放った。

 直撃を受けた一隻の偏向磁場が消失している。σシグマ・ルーンを通じ、それがアクスには手に取るように分かった。トランキオは偏向磁場を制御する兵器である。センサーで常に把握できていなければならないのだ。


 背面八門から放ったビームを偏向させてその艦に叩き込む。装甲から爆炎を覗かせつつある戦闘空母はじきに爆沈するだろう。


「何をする!」

「分からんか? 技術を与えてやれば感謝すると思っている愚か者に、その意味を教えてやろうというのだ。これが礼以外のなんだという」

「狂っているのか?」

 金切り声で非難してくる。

「狂っているのは貴様らだ。いつまでも見下していられると思うなよ。これからは与えられる側でなく奪う側だ。何を育てたのか思い知るがいい」

「お前はぁっ!」


(くだらんなぁ。賢しらげに何もかも思い通りになると信じ込んでいる。こういう奴らほど利用しやすいと知れ)


 アクスは特務艦隊内部へとトランキオを侵入させた。

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