破壊神の秘密(5)

「僕、憶えてないや」

 ユーゴは首を傾げる。


 当然だろう。コレンティオにいたのは彼が二歳になるまでで、すぐにレズロ・ロパの試験移住計画に潜り込んだ。


「自然観察官として赴任して、詮索されにくい郊外に一軒家を建ててもらってそこで暮らし始めたのよ。住環境としては厳しいけど、人が少ない分目立たないという理由で放り込まれたのよね」

「一つ、よいでしょうか?」

 焦げ茶に近い金髪巻き毛の男、確かオービットと名乗った彼から質問が来る。

「話の流れからしてクラ……、ユーゴ二金宙士のベース遺伝子はあなたのもののはずです。なのに彼は男性で、あなたは女性。かなり強引な改変を行ったように思いますけど理由に心当たりは?」

「そうそう、わたしも最初はクローンみたいなものかと思って不思議に思ったの。探りを入れてみたけど大した理由じゃなかったわ。プロト0を女性体にして失敗してしまったものだから、以降のプロトタイプを男性にするのは決定事項だったんですって。しょうもないでしょ?」

「くだらない思想が根底にありそうな話ですね」

 オービットの声にも落胆の色がある。


 ただし、遺伝子改変そのものは目を瞠る効果を上げていたとジーンは思い出す。普段の生活からしてユーゴには驚くべき能力が備わっていると感じられたからだと話し始める。


「瞳の動きからして違うのよ。コルネがいるでしょ?」

 ジーンは樹上生活小動物の名前を挙げる。

「この子ったら、あの素早い動きを目で追って逃さないばかりか、複数いたって全部の個体の居場所を把握してるの。雪の上じゃ歩くのもままならない幼児がよ。驚かされたわ」

「空間把握能力、動体反応、その辺りですか」

「スノーバイクに乗せて森の中をとばしても、動物がいれば教えてくれるし」

 ユーゴが幼児だった頃はよく抱きかかえて調査に向かった。

「動体視力も高いんですね」

「反射神経とかは驚かされることがあったけど、そういうのは特別優れているって思ったことないですね」

「そのつもりで観察してないと無理よ」

 彼との関係も長いラティーナは気付かなかったというが、それにはジーンのような戦場で鍛えられた観察眼が必要だ。


 同じパイロットからも指摘されたことがないとラティーナが追及すると、それは仕方ないとユーゴが答える。最近は目で追う必要がなくなったからだそうだ。わざわざ目で追わずとも彼には視えている。

 資料として少し触れたその能力を改めて息子から聞く。説明はゼムナの遺志のほうが上手だったので、主に彼からの聞き取りになったが。


「へぇ、じゃあそれは遺伝子改変とは関連性のない能力なのね?」

『そうだ。産み育てた汝の功績と言ってもいいだろう』

「そう言ってもらえるとちょっと救われるかな」


(本当に大きく成長してくれていた。苦渋の決断だったし、結果オーライなとこも多いけど嬉しい)

 慈しむような眼差しの彼女に、ユーゴは笑顔を返してくる。


「建前としての自然観察報告書の傍ら、添付資料として暗号化したユーゴの成長記録を送っていたわ。さっきみたいな気付き以外は日記みたいなものだったけど。それから五年、100mほど離れているとはいえ隣家としてあなたたち姉妹が越してきたの」

 郊外を選んで引っ越ししてきたのを当時は訝しんだものだ。

「わたしの本心が漏れて監視が付けられたのかとも思ったけど、それにしては可愛らしい監視者だったものだからすぐに誤解だと思ったわ」

「ご存じのように、私たちにもあまり目立ちたくない詮索されたくない理由があったんです。クランブリッド家の傍だったのは、父の生活上の配慮だったのでしょう。頼れる大人の一人くらいは必要だと考えたのだと思います」

「楽になったけどね。だって、そっちにはビークルで食材や生活用品の配送があるんだもの。うちの分もついでに頼むくらいは業者だって面倒臭がらないし」

「偶然が重なって二つの家が隣同士になったわけですね。それからは?」

 逸れた話をマルチナが苦笑いしながら軌道修正する。

「しばらくしてユーゴが学校に通うようになってからは時間に余裕ができたわ」


 非常用に繋げられていた秘匿回線を使ってジーンは組織の調査を深めていった。そして、徐々に計画の本質に接近していく。

 ユーゴのような被験者が複数いて、彼らが破壊神ナーザルクというコードネームで呼ばれていること。個々の環境下で育成実験が行われていること。その一人が最愛の息子で、通常家庭で育まれた場合の結果を求められていることを。


「その頃になると思いが確信に変わったの。ユーゴを決して組織に渡してはいけないと。そうすればこの子は道具のように扱われてしまい、その結果どんな怖ろしい事が起こるか分からない」

 思いが形に変わっていく。

「どうなさったんです?」

「まだ組織側のアクションがないからどう対応するべきか予測も難しかった。でも、わたしに万が一のことがあった時を考えてユーゴには一人で暮らせるだけの知識が必要だと思ったの」


 それからジーンは自分の面倒は自分で見られるようユーゴを躾けていった。それはつらいことではなく、親子で協力して生活していく中で育まれるものであった。そこに姉妹の存在が加われば、賑やかで楽しい暮らしだったと思う。


(あの頃が人生で一番幸せだったかもしれない)


 しかし、それも終わりを告げられた。

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