破壊神の秘密(3)

 抱き締められて自然と涙がこぼれた。自分はそこまで悲しんでいなかった思ったが単なる欺瞞だったらしい。

 ジーンが失踪した直後はあまりにユーゴが嘆き悲しむので、彼を宥めるほうに意識が向いていた。だからラティーナは彼女に対する思いはそう深くなかったのだと思い込んでしまったようだ。しかし、実際にはこんなにも強い依存心が働いていたのだと思い知る。


 言わずもがなだ。九歳のラティーナは二つ下の妹を伴って試験移住地レズロ・ロパへと降り立った。心細く感じなかったはずはない。

 そこへ隣人である大人の女性が生活の手助けをし、何くれとなく世話を焼いてくれた。感謝の気持ちと同時に、母親と同等の依存心を抱いても不思議ではない。

 流れる涙は喜びと安堵から生まれたものだ。


「ずいぶんと綺麗なお嬢さんになっちゃったものね」

 悪戯っぽい笑顔は変わらない。

「おば様もお変わりなく。冗談抜きで本当にお若いままで」

「お世辞はいいわ。もう四十二の立派なおばさんよ」

 謙遜するが、とてもそうは見えない。若く、そして美しい。

「こんなくだけてるのは失礼かもね。聞いたわ。あなた、ボードウィンの家の人なんでしょ?」

「いいえ、私はおば様に育てていただいた小さなラーナです」

「じゃあ、そういうことにさせてもらおうかな」


 元からさばさばした女性だった。化粧っ気も少なく、着飾っているところも見たことがない。

 それも家事に関しては別。女性的な細やかさを感じさせる手際と要領の良さで、清潔感のある住空間を生み出すのに長けている家庭的な印象がある。だから彼女が元パイロットだと聞いたときには違和感しか覚えなかった。

 そんなジーンからの手習いとホームマネージメントコンソールのお陰で姉妹は満足のいく暮らしができていたのだと思う。


「サーナは?」

 彼女の得る情報には偏りがあるみたいだった。

「亡くなりました。ザナストのテロで」

「……そう。残念ね」

 沈痛な表情を見せるが、取り乱さない辺りはジーンが元宙士だったのを実感させる。

「どんな生活をなさってらしたのか分かりませんが、今少しお休みください。その間にこちらからの質問など、段取りを整えさせてもらいますので」


 ユーゴが自分の部屋で休ませるというので任せる。ラティーナはジャクリーンに会議室の手配と集めるべき人物をピックアップして伝える。


「眠っちゃった?」

 手筈を整えて追いつくと、ジーンはベッドに横になって眠っていた。その時になって初めて彼女の顔に深い精神疲労の影を感じる。

「うん。やっぱり疲れてたみたい」

「帰ってきてくれて良かった。こうしていると昔に戻ったように感じるわ」

「懐かしいね」


(ユーゴもホッとしてる。どこかにずっと引っ掛かってたんでしょうね)

 穏やかな面持ちで母親の手を握り、ずっと見つめている。


 まるで、目を離せばまた消えてしまうかと思っているかのごとく。


   ◇      ◇      ◇


 会議室に集まっているのは最も高位である司令官のラティーナと秘書官のジャクリーン。エヴァーグリーン艦長のハルナン・ロークレー。副司令でアイアンブルー艦長のオルバ・オービット。フォア・アンジェ隊を率いる副司令のフォリナン・ボッホ。当初より事情に深く関わったマルチナ・ベルンスト副艦長。そしてユーゴを加え七名がジーン・クランブリッドを囲んでいる。


「どうお呼びすべきでしょうか? ジーン・メレル? クランブリッド?」

 オービットが切り出した。

「クランブリッドは普通の生活を送るための偽名。一応はメレル姓が正しいのだけれど、わたし、ユーゴの母親でいたいからクランブリッド姓でいいかな?」

「分かりました、ジーン・クランブリッド」


 緊張した様子はなく、くだけた口調で話し続ける。思えばどんな場面でもそうだったとラティーナは思う。


「お身体の加減はいかがでしょう?」

 血色は良さそうに見えるが一応聞いておく。

「豪華な食事を振る舞ってもらったもの。満足よ。いつもあんなものを食べているわけじゃないでしょうに」

「ええ、しっかりしたものを摂っていただくよう手配したので、今後も同様の物を期待されると少し困るのですけれど」

「分かってる分かってる。作戦中の戦艦の懐事情には通じているつもりだから心配しなくていいわよ」

 ラティーナの軽口にジーンは笑って応じた。

「宜しいですかな、閣下」

「なんです、ロークレー艦長」

「これから聴取するであろう事項は、予想するにガルドワグループ上層部のみが知るべき内容になるのではないかと思います。叶うならば閣下お一人か、人員をもっと厳選されるべきかと思われますが?」


 彼はジャクリーンやユーゴはもちろん、フォリナンやオービットにまで視線を飛ばす。事情を知るには階級が低すぎると言わんばかりに。


「十分に吟味したつもりです。本当であれば関わっている人間はもっと多い。内容如何でその方々には改めて説明するつもりですので」

「そうご判断されたのであれば致し方ありませんな」

「本来はグループ全体の懸案事項です。ことが解明され次第公表すると会長はおっしゃられているので、心配には及びません」

 懸念は切って捨てる。

「構わないなら話すけど、何から話せばいいものかな?」

「わたくしたちが知り得ている情報と重複しても構いません。最初から話してくださいませんか?」


 ジーンは頷いて話し始めた。

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