第十一話

破壊神の秘密(1)

 ラティーナは漏れる溜息を抑えられない。ようやく身体のほうは不快感から逃れられたものの、今度は頭を悩ませる問題が浮上している。


「まともな食事はあとどのくらい供給できるの?」

 秘書官に問い掛ける。

「現状一週間です。作業終了予定とほぼ一緒となりますね」

「それからは?」

「第2反物質生産プラント内の非常食の使用許可は得てますが、この艦隊の規模では二日で消費してしまいます。その後はエヴァーグリーンとアイアンブルーの食料プラントで生産した蛋白質ブロックとシリアルバー、それとサプリメントでしのぎつつ、公転型宇宙食料プラントを目指すのが妥当でしょう」


 戦闘空母と違って、エヴァーグリーンなどの大型の戦艦は食料プラントも搭載しているので継戦能力は高いが、麾下の戦闘空母まで賄うとなるといささか厳しい。あまり長期には耐えられないだろう。

 なので惑星ゴートより内側の公転軌道に設置して、ふんだんな恒星光を利用して野菜や穀類、培養肉を半自動生産している大規模食料プラントで補給するしかないだろうとジャクリーンが提案している。


「反物質コンデンサパックは余るほどあるのにね?」

 苦笑しつつ言う。

「ラティーナ様、人間は反物質を摂取できません」

「不便ね」

 単なる軽口だ。


 第2恒星プラント奪還後も討伐艦隊は近傍に一ヶ月近く駐留している。目的は防衛ではない。修理である。

 奪還後に作業船を要請しても到着する頃にプラントは公転して恒星ウォノの向こうに沈んでしまう。そうなれば撤収しなくてはならず、修理は中途半端にしか終わらない。検討した結果、討伐艦隊の有する工作機械で拡散重力レンズを再建することになった。


 素材は保有金属材料と、戦闘で生じた敵アームドスキンの残骸をリサイクル加工すれば賄えるのが判明したが、何せ拡散レンズも巨大建造物だ。直径500mに及ぶ集束レンズほどではないにしても、直径100mの発生リングを再建するのに長期間を要している。

 技術者はもちろん、全てのセクションの人員を投入してフル稼働して、ようやく完成が見えてきたところなのだ。その間、補給は受けられないまま消費した食料も枯渇が近い。


「困ったものねぇ。ん?」

 その時、入室を告げるチャイムが鳴る。

「ただいま……、わあ!」

「ああ、お帰りなさい、ユーゴ」

 二人は普通にしているが、少年は仰天して回れ右して一度出ていき、隙間から半分顔を覗かせている。

「着替え中ならロックを外さないでよぅ……」

「失礼ね。着替え中じゃなくて薄着で済ませているだけ」

「でもさぁ」


 上は肩まで出したタンクトップ、下は太ももの付け根近くまで露わなショートパンツを着けている。それをアンダーウェアだと思ったらしい。


「ジャクリーンまで」

 同じ格好である。

「ごめんなさい。あまりに暑かったので」

「さっきまでプラント内の修理状況の視察に行っていたの。緩和されているとはいえ、あそこって常時50℃以上。スキンスーツを着ていたって暑いものは暑いんだから」

「僕だってリヴェリオンで部品の運搬していたよ?」

 自由裁量権を持つ協定者のユーゴは自発的に参加している。

「アームドスキンの空調は完璧じゃない。プラント内はすごいんだから」

「なので内部作業は四時間二交代制にしているのよ」

「それでその恰好?」

 身体の火照りを抜くために薄着していたのだ。

「そう。だから露出趣味みたいに言わないで」

「うん」


 指摘されると改めて恥ずかしくなってきた。最初から真っ赤になっていた少年の隣に頬を染めて腰掛ける。


「食料のほうが厳しめなの。我慢してもらわないといけないみたい」

 話を逸らすように告げる。

「きっと大丈夫だと思うよ。今はみんな達成感でいっぱいだもん。楽しそうに働いてる」

「ああ、なるほど。コレンティオを防衛できた心理効果はそんなに大きかったのですね」


 視察で見られた表情が取り繕ったものではないとジャクリーンも納得したようだ。ラティーナの地位が邪魔をして、本音は覗けないかと考えていた。


「それほど憂慮する必要はなかったようです」

「良かったわ」

「あう!」

 安堵してくつろいだ身体がユーゴのスキンスーツにもたれ掛かると悲鳴が上がる。

「もうそろそろ着ても大丈夫じゃない?」

「嫌。まだ暑いもの」

 彼女はからかうように身体を寄せる。反応がちょっと面白くなってきていた。

「そんなに恥ずかしがらなくたって、前は一緒にお風呂に入ったことだってあるじゃない」

「それは七年も前の話だよ。今は僕もラーナも色々変わっちゃってるでしょ」

「そうかなぁ?」


 女性の身体の柔らかさに戸惑っているらしい。意識されるのが心地良かったので少しいじめすぎてしまったか。


『あれなら当座は問題無いと思うが』

「とんでもない。恒久的なセキュリティとして機能するほどです」


 ジャクリーンはリヴェルの施してくれた恒星プラントの警報機能に感嘆している。プラント間で共有されたセキュリティソフトは全八基のプラントに装備されたので今後は心配ないだろう。


 もう少しユーゴをいじって遊んでいても大丈夫だろうとラティーナは思った。


   ◇      ◇      ◇


 大規模食料プラントで補給をした討伐艦隊は、その他の資材の補給を受けるべく移動している。結局、敵拠点の情報は掴めていない。


「……母さん?」

 急にそう呟いたユーゴが艦橋ブリッジを飛び出していく。


(え? また精神的に不安定になっているというの?)


 ラティーナは不安に捉われていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る