戦う意味(12)

 ユーゴは気付いていた。向かう先に憶えてしまった色合いのともしびが視えることを。選んだエアロックが少し離れていたらしい。このままでは先回りされてしまいそうだ。やはり相手のほうがこのプラント内部に施した改造を把握している。


(アクスが来る)

 彼も敵との遭遇を想定してレーザーライフルとハンドレーザーはシートから外して持ってきている。相手が察知できるだけ有利なはずだ。


「おっと! やはり侮れんな」

 通路から飛んで出てくるところを狙ったつもりだったが、敵手は飛び出さずに制動をかけた。レーザーは壁を焼くだけで終わる。

「子供だとは思っていたが、小さいな」

「何度も殺そうと襲い掛かってきたくせに今更!」

「加減などはせんよ。的が小さくて狙いにくいと思っただけだ」


 床低くを滑りながらアクスもレーザーライフルを撃ってくる。応射する頃には反対側へと隠れている。ユーゴと違ってそういった訓練も受けているのだろう。


「このままだと何が起こるのか分かってると思うけど、心が痛まないの?」

 壁へと短く二射したあと、少年は上へと跳ねた。

「戦う力のない人が何億人も死ぬかもしれないんだよ!」

「侵略者がどれだけ死のうが知ったことではない」


 レーザーが途切れたところで顔を覗かせたアクスは天井付近にいるユーゴに気付かない。そこを狙い撃ったが、勘が働いたのか躱されてしまう。この辺りは経験の差かもしれない。


「戯言を! そんなふうに思っていないくせに!」

 天井を叩いて床に降りるとすぐに横っ飛び。

「そうだな。俺にとって手柄に過ぎんさ」

「排他的な妄執も悪いけど、誰の命も顧みないお前も酷いって思わない?」

「思わんな。むしろ感謝する。糧になってくれれば助かるね」


 掠めるレーザーとアクスの答えに顔を顰める。背中を怖気が上るような考え方だ。少年には理解が及ばない。


「貴様も誰かに褒められたくて戦っているのだろう?」

 見透かすような視線を送ってくる。

「違う! 守りたいものがあるんだ!」

「守って、そして讃えられたいのか? それも欲望だ。どうして俺の欲望だけ否定できる」

「願いと欲望は違うって言ってる!」


 体重の軽さを武器に低重力を利用して天井付近を飛ぶ。ライフルの射線を読んで壁を蹴り、躱しながら応射する。アクスは逆に長い手足を使って通路内を移動する。撃ち合いは拮抗した状態が続いていた。


「変わらんさ。人が進化し繁栄してきたのは欲望を原動力にしてきたからだ。俺はそれに忠実に生きているだけとは思えないか?」

 会話を続けてくる。苛立たせるための作戦かもしれない。

「お前みたいなのばかりだったら人はとうに滅んでる。信じ合って支え合って生きてきたから宇宙にだって適応できたんだ」

「繁栄の場所を求めただけだろう? それも生命としての欲望だ」

「そんな自己弁護で納得させられると思うな!」


 身体を捻りながら通路を飛ぶ。頭を下に後ろへと慣性で進みながら数射するとアクスは陰に隠れた。その間に回転して床を滑り、身をひるがえしてケーブルの場所へと向かう。


「感じ方の相違だ。根っこのところで所詮は自分本位な生き物さ。貴様が何を求めていようが、それで困る人間がいないと思うなら、それこそ綺麗ごと以外のなにものでもないぞ?」

 追いながら撃ってくる。ユーゴも後ろ向きに壁を蹴りながら進む。

「自分がそうだからといって相手もそうだなんて思うな!」

『欲望は否定せん。人が人たる所以である。が、汝のそれはあまりに獣的。肯定もできんぞ?』

「作り物が出しゃばるな!」


 リヴェルの言葉に激しい反応を見せる。思想的に人間至上主義的な一面が感じられたが、アクスにとってはゼムナの遺志でさえ道具の範疇に入るらしい。否定されるのは我慢ならなかったようだ。


「誰もがありがたがると思うな! ただの信号の集積物が!」

「そんなだから否定される! 命も心もないがしろにするような奴に戦う意味なんて分からないんだ! 本能だけで戦ってる奴になんか負けない!」

「言ってくれるな!」


 向けた銃口の前からアクスの姿が消える。壁を使って三角跳びで背後にと回ったのだ。ユーゴにはそれが感じられている。突き付けられる銃口を頭を下げて躱し、左手で抜いたハンドレーザーを腋の下から後ろに向けて撃った。


「ぐあっ!」


 悲鳴を上げる身体を床に押し付けて越えると、見えていたケーブルに向けてライフルのトリガーを絞り続けた。


   ◇      ◇      ◇


 煙る通路の向こうに横合いからレーザーの輝線が走るのが見える。ビルフォードは歓声を上げた。


「待ってました!」

 腕を突き上げる。

「そこだ! ケーブルを切断しろ!」

「急げ! 一分ないぞ!」


 ようやくその時がやってきたのだ。


   ◇      ◇      ◇


 集束レンズが明滅する。ラティーナは思わずシートから立ち上がった。


「ケーブル切断に成功しました!」

「ケーブル切ったよ! 確認して!」

 報告が交錯する。

「……ご苦労様。レーザーは停止しました。皆の健闘に最大の感謝を」


 それだけを絞り出すと彼女はシートへと崩れ落ちる。長い長い吐息が出て、視界が少し滲んだ。


「閣下、ザナスト艦隊後退していきます」

「追撃は不要。まずはプラント内の制圧に向かう」


 フォリナンが代わりに指示を出してくれ、オービットの気遣う言葉が聞こえてきた。


   ◇      ◇      ◇


 ユーゴは太いケーブルの向こうに伏せて様子を窺っていた。が、アクスの灯は見えない。


(あれで死んだとか思えない)


 彼が倒れていた位置に戻ると、小さな血溜りだけが残っていた。



※ 次回更新は『ゼムナ戦記 伝説の後継者』第十話「アルミナ侵攻」になります。

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