戦う意味(5)

 チルチルはサミルと手を繋いでくるくると回っている。疑うべくもないが、ユーゴに使われているという意識はないとすぐに分かる。


(最近のユーゴは日常生活にほとんどこだわりが無いのよね。まるで小さなことだと思っているみたい)

 ラティーナの引っ掛かりはそれなのだ。


 近衛隊の同僚に囲まれ、エドゥアルドの筋肉質な身体をうらやみ、レイモンドがそれなりに鍛えられた力こぶを披露すると面白くなさそうな面持ちになる。自分の未発達な身体を嘆く素振りは見せているが、どこか自分の在り方を割り切っているような無我を垣間見せている。

 それを成長と見るか危険信号と捉えるか判断が付かない。少年は彼女の知らない姿に変わりつつあるのだと思えてならない。


『気掛かりか?』

 リヴェルがラティーナのσシグマ・ルーンにアクセスして話し掛けてくる。この声は彼女にしか聞こえていない。

「少し。男の子って気付かないうちに成長してしまうって聞くけれど、あまりに早すぎるような気がするんです」

『今のあれを理解するのは難しかろう。視えているものが違うからな。説明では足りんだろうし』

「あなたが憂慮していない以上、大きな問題だとは思っていません。でも、小さい頃からあの子を知っている私にはこの変化は違和感になってしまうんです」

 彼の紫の瞳には思いやる色が見える。ゼムナの遺志というのはこうも深い心情を持つものかと驚きを覚えた。

『我ら個のように意思疎通のネットワークを形成しておらずとも、汝ら人には解り合える手段があろう? 情報だけではない深い繋がりが』

「思っているより曖昧な繋がりですよ」


(問い掛けてみろって背中を押されてる。自分ではそうと思っていないみたいだけど、彼らともその繋がりは作れるんじゃないかしら?)

 心が感じられるのならば、ゼムナの遺志とも人間同様の付き合い方ができるような気がする。彼らがそう感じていないのが少々滑稽に思えてしまう。


「むー、内緒話、ずるい」

 笑っていたらユーゴが二人の会話に気付いた。

「大した話ではないのよ」

「ねえねえ、レクスチーヌでさ、話してたんだけど……」


 人類が宇宙に目を向けていないのをリヴェルが不思議に感じていると説明される。ペリーヌの意見には確かに納得できるものがあった。


「でも、今の人類は……」

 彼女には少し違う感想があった。

『汝は異なる視点を持つか?』

「その……、外に目を向ける余裕がないほどに歴史を争いで塗り固めています。いつかあなた方が人類を見捨てて去っていってしまいそうな気がしてなりません」

「あー、プリンセスの言わんとしているところは分かっちゃうなー」

 レイモンドも賛同してきた。

「先史文明の遺産を戦争ばかりに利用していたら見限られても仕方ないかもね」

「きっとそんなことはしないよ。だって……」

『ヒュノスは戦闘兵器として生み出されたものだ。単なる自衛目的ではない。必要なら敵を排してでも自己保存を望む心の表れである。その創造主の意思を否定などしない』

 ユーゴの後を継いでリヴェルが核心に迫る。

「兵器と言い切るのですね」

『間違いなくそうだ。我は医療系の補助をしていた人工知性だが、戦術立案を任じられていた個もあれば、兵器開発補助をしていた個もある。創造主とて戦争と無縁ではいられなかった』

 神妙な面持ちになった彼女にリヴェルは微笑む。

『負の側面ばかりではない。現人類の歴史を分析すれば答えは出よう。アームドスキンを使用するようになってからは、民間人の戦死者数は明らかに減っておるはずだ』


 それにはラティーナも気付いている。数々の遺跡技術が戦場の主役をアームドスキンにした。強大な破壊力を持つ人型兵器は足場の狭い都市を戦場に設定しにくい。必然的に民間の死者数は激減している。そう思えば多少の慰めにはなっているのだ。


「ただ……、まだ子供と呼べる年齢でもパイロットになれるようになってしまった」

 それをどう感じるかは感性の問題だが。

『否めぬな』

「ユーゴはどう思っているの? わたしの身体も心も守ってくれようとしてくれるのは嬉しいわ。でもそれだけを戦う意味にしてしまうのは少し危険な気もするの」

「守りたいものがあるんだ。なんて説明すればいいのか分からないけど」

 そう言いながら彼はラティーナの後ろへと回ってくる。

「たぶんσシグマ・ルーンはそれができる装置のはず」


 ユーゴが両手で彼女の装具ギアに触れ、額までを覆っている彼の装具が後頭部に触れる。その瞬間、ラティーナの前にはそれまでと異なる世界が広がっていた。

 周囲に多くのともしびが浮いている。多少の色の違いがあるが数百は感じられた。


「見て」

 少年の指がゴートを指す。

「……!」

 思わず息を飲んだ。


 寒さの緩んだ赤道付近には数多くの光が棚引く。無数の命がそこで息づいているのが分かった。

 そして、惑星の中心にひと際大きな輝きがある。初めて理解した。星も生きているのだと。


「銀河……」

 光に注目すれば、その例えが一番正しいとしか思えない。

惑星ほしも一つの宇宙なのね」

「あれを壊そうとする人がいるんだよ。人知れずそれを助長しようとする人も。僕は許せない。だからどんなことがあろうと戦うよ」


(ああ、これが視えているというのにユーゴは戦い続けていたのね。この美しい輝きを消すのも使命だと感じて。そんな悲しくも苦しい役目を……)

 自然と涙が頬を濡らす。慌てる人々の様子も耳に入ってこない。


 ラティーナは少年が超然と戦う意味を深く理解した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る