戦う意味(4)

 戦艦エヴァーグリーンの格納庫ハンガーまで帰ってくると、リヴェリオンのスペース付近のキャットウォークで整備士のヴィニストリ・モリソンがそわそわと歩き回っている。


(えー、まだ暇なんだ……)


 実は午前中にリヴェリオンの様子を見にいくと彼が時間を持て余しているようだったので、そそくさと乗り込んでレクスチーヌに向かった。あいかわらずユーゴはヴィニストリが苦手だった。


(補給艦が接弦してるんだから忙しいはずだと思ったのに)


 レクスチーヌに補給品を運んでいる輸送艇は、接弦している大型補給艦と往復しているのだから、整備士は戦闘後に次いで忙しい時間帯のはず。それなのに彼は呑気にリヴェリオンの帰りを待っているとは不思議でならない。


「ねえ、ヴィーンは暇なの、リズ?」

 出迎えてくれた専属整備士のリズに尋ねてみる。

「うん、先輩はほとんどアル・ティミスや近衛隊機の専属整備士として配属されているから、そっちに問題がなければ基本的に手隙なの。搬入も、応援を頼まれるほどの規模じゃなければ担当の量はしれているもの」

「エドかレンのアル・ゼノンをちょっと壊そうかな」

「そういうの冗談にならないよ、ユーゴくん」

 リズルカは失笑している。


 しばらく様子を見ていたヴィニストリだったが、こちらが気にしているふうなのを察して踊るようにしてやってくる。ユーゴは微妙な面持ちを隠せない。


「ユーゴくぅーん、リヴェリオンの調子はどうだーい?」

 甘ったるい口調に口元が引き攣る。

「リズじゃ手に負えなさそうな問題を感じていないかーい?」

『そんなものを我が見過ごすとでも思っているのか?』

「滅相も無いです、リヴェル様! よろしければ足部の裏でさえ舐めるように磨かせていただきたいと思いまして!」

 紫髪の3Dアバターに窘められると直立不動で応じる。

「今日もいつも通り気持ち悪いね、ヴィーン」

「ユーゴくーん、お兄さんに仕事をおくれよー。あまりに触れさせてもらえないと僕は枯れ果ててしまいそうだよぅ」


 そう言いつつ、若き整備士は少年に縋り付く。ユーゴは真剣に彼自身への接触禁止もラティーナに命じてもらわねばならないかもと検討していた。


『……推進加速器内の蒸着劣化と反応物の付着を把握できていない。チェックを頼むぞ、リズ。一人では大変だろうから応援を頼むがいい』

 仕方なくリヴェルが助け舟を出してくれた。

「分かりました。調べておきます。手伝ってくださいね、先輩」

「よろこんで―!」

 ヴィニストリは彼らの周りをスキップで飛び回る。チルチルでさえ呆れ顔だ。

「舐めるように綺麗にしておくからねっ!」

「いや、だから舐めないで!」


 懲りない男であった。


   ◇      ◇      ◇


 エヴァーグリーンを旗艦とした討伐艦隊はゴートとツーラの中間点で補給を受けている。ジレルドット攻略作戦までに消費した物資の補給と人員の補充も必要だったからだ。

 移動したザナスト戦力がどこで発見されるかも分からない。人工衛星からの情報収集も行いつつ、調査艇の連絡を待って行動に移るためのポジショニングだ。


 司令官ラティーナは雪と氷に覆われた白っぽい惑星を視界に収め、もうすぐ戻ってくるであろう少年を待っていた。白い機体が、三本ある発着甲板デッキの上を滑ってくる様子は艦橋ブリッジから見えている。


「ただいまー」

 二体の三頭身アバターを伴ってユーゴが戻ってくる。

「お帰りなさい。フォリナン艦長は何ておっしゃってた?」

「本当はザナストが態勢を整える前に発見したいから、分散してでも探索に振り向けたいんだって。でも、あっちの戦力拡充の勢いがすごいから、やっぱり戦力を割るのは駄目だって言ってた」

「私とそう変わらない意見をお持ちなのね」


(大戦力で一気に叩きに動いた以上、戦力を分断して隙を作るのは下策。敵がそれを狙っている可能性もあるし)

 副司令オービットと相談して立てた方針がそうだ。


 もう一人の副司令フォリナンは彼と違って口が重い。オービットがラティーナの副官的立ち位置にいるので遠慮している面もあるのだろう。

 なので時折りレクスチーヌとの間を行き来するユーゴに彼の本心をそれとなく引き出してもらっている。指揮系統の重要性を良く知り衝突を避けるフォリナンも、少年相手では少し口が軽くなる。


(まあ、分かってやっていらっしゃるのだろうけど。そのほうが意見調整が容易だろうという気遣いね)

 レイオットが見込んでいる優秀な指揮官だ。信頼に値する行動も十分に見せてもらっている。


恒星ウォノの裏側ってことはないだろうし、偵察艦から出てる調査艇とプローブできっと見つかるんじゃないかって」

「そうよね」


 ゲリラ作戦の容易な惑星上から宇宙へと戦場を移してきた敵だ。雌伏の時を重ねる気など欠片もあるまい。

 討伐艦隊を打ち破ってツーラに迫ろうというのならあまり遠い場所に拠点を置くとは考えにくい。ゴート近傍のどこかに潜んでいると思われる。


「ご苦労だったな。休みなさい」

 温厚そうなロークレー艦長が労いの言葉を掛ける

「ありがとう」

「協定者に伝令役をさせるなど心苦しくは思っているんだがね」

 副艦長のラルサス・ミードも無重力タンブラーを渡しながら配慮を見せる。

「いいんだ。僕も遊びに行ってるんだもん。そのついでにちょっとラーナのお願いを聞いているだけ」


(もう不安な点はないわね)

 一時の極めて不安定だった状態は見る影もない。

(私とリヴェルが心の支えになれているんだろうけど、彼と一緒するようになってからは少し違う空気を纏っているようにも感じるのよね)


 いわば、超然とした雰囲気が彼女の気掛かりだった。

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