協定者(11)

「皆様の雄姿、拝見させていただきました。大変心強く思っています」

 ラティーナが部隊回線でそう切り出すと共用回線は歓声の渦が巻き起こる。

「では、更なる意識向上を願って模擬戦闘を見てもらいましょう。フィスカー一杖宙士、グリファス一杖宙士」

 呼び掛けると、アル・ティミスの両側で警護していた金の印章を彩色された近衛隊機アル・ゼノンがスッと前に出る。


 期待の唸り声が響き渡る。エドゥアルトとレイモンドの模擬戦闘は正規軍では人気だし、見ごたえのあるものとして定評がある。二人もそのつもりで彼女の命令を待っていた。


「クランブリッド二金宙士と模擬戦闘を行いなさい」

 だが、命じられたのは予想と異なるもの。

「いや、ちょっと待ってください、プリンセス! それはいくら何でも!」

「公式の場でまでプリンセスと呼ぶな、レン。私もいささか驚かされましたがお間違いでは?」

「いいえ」

 間違いではない。彼女は最初から決めていたらしい。

「演技は不要。二人の力を示しなさい。協定者を見事戦闘不能にできるのならアルミナ正規軍の力は不動のものと人類圏に知れ渡るでしょう」

「確かに」

 共用回線のざわつきは収まらない。

「仮にクランブリッド二金宙士が勝ったのであれば、我が軍に協定者ありと示せるのです」

「結果を問わず益のあることなのですね。閣下の深慮に感服いたしました」

「そうなれば本気でいかせていただきますよ」


 レイモンドは握らせている長大なビームカノンを掲げて見せた。


   ◇      ◇      ◇


 少年は僚機が余らせていたヘリウムリキッドの素材ロッドを貰い受けて換装している。辞退する気はないらしい。


(悪いが、閣下の思惑通りに勝たせてやることはできんぞ、クランブリッド宙士)

 エドゥアルトはそう読んでいる。彼女は傍らに置くために少年の地位を不動のものにしたいのだ。

(先ほどの戦闘は見せてもらった。非凡な回避力と正確な狙撃は侮れんだろう。しかし、我らには通用せん。二人揃えば敵無しと会長が見做されたからこその近衛隊だと知ってもらおう)

 軍のメンツとは別に彼自身にもプライドがある。冗談めかして言ってはいるが、レイモンドとのペアには刻んできた時間以上の自信もあった。


 開始の合図とともにリヴェリオンが加速する。打ち合わせなど無くとも二人は近衛隊の本旨である迎撃を選択した。武装もそのためのものとなっている。

 エドゥアルトたちが捧げ持つ長砲身のビームカノンは特化した性能を持っている。上下二連装の砲身の先端近くには砲口を囲む環状のシールドコアが取り付けられている。形成されるジェットシールドで守備を固めつつ、長距離狙撃での迎撃が可能なのである。

 取り回しの難しさはあるが訓練も積んできた。二人のアル・ゼノン二機で守護すれば守り切るのは難しくないと思っているし、背後にアル・ティミスのいない状態であれば多少の無理も利く。


「彼には悪いけど、こいつもいただいておかなきゃな」

 言葉は軽いが内に秘めるものは重い。長年の経験からレイモンドの熱意も容易に察せられる。

「無論だ。閣下の盾であることを示すまで」

「そういうこと!」


 近接戦の距離に入る前に砲撃を始める。二連装のカノンはインターバルを小さくでき、更に二人でタイミングを計ればより小さくなる。ましてや相手が一機なら隙はほぼ無い。

 白いアームドスキンは巧みに躱しつつ接近を試みるも、放つ砲撃はジェットシールドの表面で弾け、こちらの体勢を崩せない。接近してブレードを振るうも、それもシールドで防ぐ。

 その間にレイモンドが移動して側横から狙うのだから集中はできないだろう。堪らず一時後退していった。


(それでも今の攻撃を躱し切るのはたいしたものだ)

 さすが協定者だと感心する。


「厳しいね」

 少年の呟きが聞こえる。

「もう降参かな、ユーゴくん?」

「フランカーを使うよ」

『発射可能に設定した』

 ゼムナの遺志の声が聞こえる。


(確かに演習中は使用していなかった。本気ではなかったと?)

 彼の中で警戒心が湧き上がる。


 一瞬にして大加速で後退したリヴェリオンは光学ロックオン不能の距離へと飛び去った。長いイオンジェットの尾をなびかせて彼方で旋回していると分かる。


「警戒なさい!」

 ラティーナの警告がコクピットを揺るがす。

「ちょおっ!」

「来るか!」

 苛烈な連撃が襲ってくる。


(狙いは正確!)

 全てが直撃弾だ。シールドで防ぐのが精一杯。


 本来の重金属イオンビームだったらもうコアが溶け落ちている。換装機構は付いているが、生まれる一瞬の隙はこの敵相手なら致命的だと思えた。


(今度は本体か!)


 ビームの連撃に混じるような速度で白い機体が尾を引いて迫る。光学ロックオンが働く暇もない。エドゥアルトは勘だけで牽制を入れるが、その速度から弾けるように横滑りするリヴェリオンへは有効打にはならない。

 咄嗟にビームブレードを取って剣閃を刻むも、そこに見たはずの相手はおらず、少し離れた位置で固定武装がこちらを指向している。


(これほどか!)

 実感した時には撃墜判定の表示がモニターを占めていた。


 一機で防ぎ切れるわけもなく、レイモンドもほどなく撃墜判定を受ける。彼は完敗だと示すように両手を上げていた。


「どうでしたか?」

 彼女の問い掛けにも即座に答えられない。

「……これが協定者ですか。大戦を終結に導いたというのも頷けます」

「これはちょっと恥ずかしいな。正直嘗めていたかも」


 フォア・アンジェの戦友からの歓声に応えてハッチから覗かせた身体は思ったよりも小さく見える。


 だが、秘める力は本物だと思い知らされた。



※ 次回更新は『ゼムナ戦記 伝説の後継者』第八話「本星決戦」になります。

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