協定者(2)

 こんなに頭の中が明瞭なのは久しくなかったように思える。長い眠りから覚めたような感覚だ。


(えっと、チムロ・フェンでルットとコリンに会って友達になってそれから……)

 断片的な記憶しか浮かんでこない所為でユーゴは戸惑う。頭は冴えているのに、ここがどこで今がいつなのかピンと来ないのだ。

(戦ってばかりいたような気がする。自分で望んだんだから当然なんだけど、それだけじゃなかったはずなのに)

 悪戯を企んでいるような大きな碧眼がよぎる。そして包み込むような銀色の瞳が……。

(サーナ……? 違う!)


「フィメイラ!」

 少年は飛び起きた。面影と現実が錯綜し、頭は混乱気味だ。ただ、その鼻は懐かしさを覚える香りを伝えてきた。

「え? ラーナ?」

「ええ、そうよ、ユーゴ」

 そこはレクスチーヌの自室なのに、居るはずのない彼女が居て更に分からなくなった。

「僕は何してたんだっけ?」

「戦闘から戻って倒れるように眠っていたらしいわ。疲れていたんでしょう?」

『疲労が蓄積していたのは事実だろう。夢を見ているような脳波も検知できなかったぞ』

 柔らかな男性の声音が聞こえ、膝上で三頭身のアバターが見上げている。

「リヴェル。夢じゃなかったんだ」

『実体はないが我は夢ではない』

「彼は英明なる紳士ね」


 違和感しかない。ユーゴの記憶ではラティーナとリヴェルには接点が無いはず。なのに自然に二人とも彼に寄り添っている。


「何が何だか分からないや」

 溜息を吐いて首を垂れるとリヴェルは苦笑しながら彼の手に腰掛けるモーションをする。

『汝は精神的に極めて不安定な状態が長期に続いていた。その影響で記憶に混乱が生じていることだろう』

「私が来たのも憶えてない? リヴェリオンはこちらを認識したように見えていたんだけど」

「自信ない。どれが夢でどれが現実なのかあやふや」


 ラティーナがザナスト討伐艦隊を率いて本星に降下してきたと説明を受ける。今はレクスチーヌと接弦していてユーゴの自室を訪れ、目覚めるまでリヴェルと話していたのだそうだ。


「このσシグマ・ルーン、僕が眠ってる時も稼働するんだ」

 額へと手をやり、特製の装具ギアに触れる。

『我の端末機の一つである。常にヒュノスと繋がっており、我の意思を顕現させる装置になる』

「ひゅのす?」

『汝らがアームドスキンと呼んでいるものだ』

 意外な答えが返ってきた。知識としては知っていても、彼は人型兵器をアームドスキンとは呼んでいないらしい。

「君は『ゼムナの遺志』に選ばれたのね。すごいわ、ユーゴ」

「リヴェルはそのゼムナの遺志っていう人なの? でも友達だよ?」

『それでよい』


 ラティーナは戸惑いを覚えるように「よろしいのですか?」と問い掛けている。敬意をもって対しているということは、それ相応の格のある相手なのだろうと思えた。


『我らが選ぶのは秀でた操縦者だが人格も求めたい。巡り合う奇縁を大事にしたいと思っている』

 ユーゴを指すように彼の手をぽんぽんと叩く。

「卑しければ見放すことがあるとおっしゃるのですね? ユーゴのように親しむ者のほうが好みなのだと」

『個による。我はこれのような優しき者を欲する』

「もしかして友達とか言ったら駄目な人だったの?」

 その言葉は二人を吹き出させてしまう。


 ラティーナ曰く、リヴェルを始めとした『ゼムナの遺志』は極めて特別な存在である。半ば神格化されていると言ってもいいくらいに。

 パイロットならば誰もが選ばれたいと感じるだろうが、それほど気軽に接触できるような相手でもない。なにしろ選択肢は相手にしかない。


 そんな存在をユーゴは人だとし、友達だと言う。同等の存在として親しむようにだ。

 彼女は畏れおおいと思ったのだそうだが、リヴェルはそんな反応を嬉しく感じたのだという。それを奇縁と表現したのだ。


「僕は絶対に忘れないよ、リヴェルがずっと傍に居てくれるって言ったこと。心が張り裂けそうで自分が情けなくてどうなってもいいって思ってた時に手を差し伸べてくれたこと」

 ユーゴが指を差し出すとリヴェルもそれを握るモーションをする。チルチルも彼の背中に張り付き、顔中を笑みで彩っている。

「君が望む僕になる。きっと大きな誤解をしていたから。これからは考えを改めるよ」

「誤解って?」

 リヴェルは頷いているがラティーナには何のことか分からない。

「僕のこの能力はラーナを守るためにあるものだと思ってた。だって、あの時アームドスキンに乗ってから感じるようになったんだもん」

「カザックに乗った時から?」


 ともしびのことを話すと彼女は知っていると答える。レクスチーヌから送られたデータはラティーナの元にも届き、フィメイラとのやりとりを全て観たらしい。


「だからアームドスキンに乗り続けなくてはいけないと思ったし、ラーナをツーラに置いて戻る気になったんだ。すぐ傍の惑星が目を逸らしたくなるような場所であってはいけないと感じたから。あんなのが何度も起きたらラーナは悲しむでしょ?」

 見つめると、彼女は少し気圧されたように見つめ返す。

「ユーゴが無理をしなくても……」

「僕がしたかった。そう願ったから力が湧いてきたと誤解した。でも、違うみたい。僕にはすべきことがある。だからリヴェルが来てくれた」

『そうだ。新しき子ネオスよ』


 命の灯を視る能力がある者を彼は『新しき子ネオス』と呼んでいるようだ。リヴェルにとっても未知数の能力だという。


 そして彼はユーゴの役目に関して語り始めた。

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